第76話 彰人、間違いに気づく

 俺は、凄い勢いで吹っ飛んでいく野蛮を呆然と見送っていた。


 飛んでいきながらも、鎧がまた光り輝いている―― あんな風になりながらも、またパワーアップしているのか?


 さっき野蛮が言ってたことが事実なら、奴は『今のラミオンの攻撃以上』に強くなった筈だ。

 もしそうなら、さっきまでとは比較にならない程、面倒なことになりそうだ。


 それにしても、ラミオンがどうしてここにいるんだ?


「ラミオン? どうしてここにいる?」


「あいつらを避難させたから、マスターの様子を見にきた。マスターがノロノロ戦っていたから、ラミオンが決めてやっただけだ」


 一応知り合いだから、話し合うつもりだったから時間が掛かっていただけで、別にノロノロしていたわけじゃないんだぞ。


 とはいえ、もう話し合うことも無理だし、『パワーアップした野蛮』がここに戻ってくる前に、ズラかった方がいいのかもな……

 だが、このまま放っておくと『パワーアップした野蛮』のせいで、魔族側の被害が大きくなってしまうだろうし……


 くそッ…… やっぱりここに残って、俺が何とかするしかないのか!?


……


 どういうことだ?

 野蛮がラミオンに蹴り飛ばされてから、既に20分は経っているというのに、まだ野蛮の奴が戻ってこないぞ?


「ラミオン。アイツがどうしてるかわからないか?」


『勇者』とか言われていても、結局のところアイツらの力は、あの金ピカ鎧によるものだ。アイツら自身の気配は小さすぎて、近くにいないと全く掴めない。


「さっきの奴なら、生体反応が停止しているぞ」


 生体反応停止? それは、つまり――


「死んだのか?」


「そういうことだ」


 ラミオンはあっさりと野蛮の死を告げた。


 どうやら、『受けたダメージよりも強くなる』というのは、アイツの妄想設定だったようだ。老け顔だったが、頭の中は小学生レベルだったのか…… 信じた俺がバカだった。


「あれから20分と52秒経過しているから、もう生き返ることもないだろう」


 あんな碌でもない奴でも、一応同級生だったのに…… まあ、俺がやったんじゃないから、運が悪かったと諦めて成仏してくれ。


「ラミオン、あんな奴でも俺の高校の同級生だ。遺体の回収をしたい」


「マスター、アイツは30代の中年だ。マスターの同級生ではないぞ」


 えっ? 30代の中年だと?


「野蛮3人の内の1人じゃないのか?」


「マスターの言う野蛮3人は、この連中のことの筈だ」


 ラミオンが空中に3人の男の映像を映し出した。映し出された3人の顔は、さっきの奴とは似ても似つかない全くの別人だった。


 ということは、もしかしてこの世界には、冬華も宮坂も野蛮共もいないのか?


 俺の完璧と思っていた推理が、全くの見当外れだったということか!?


 俺は丸一日無駄な時間を過ごしたということに愕然としたが、この世界の状況を黙って見過ごすわけにもいかないから、残りの勇者共も凹っておくことに決めた。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「どうした!? ここで何が起こったのだ!? 勇者様はどこにおいでだ!?」


 町の外で探し物をしていた兵士達が、塔の爆発に気付いて、町まで戻ってきたようだ。


 俺は見つからないように気配を殺して、連中の様子を伺いながら、勇者共の情報を何とか手に入れようと考えているのだ。


 ところが、ラミオンは特に隠れることもなく、塔の瓦礫の前で正座している。

 できれば、ラミオンにも隠れておいてほしいのだが……


「おい! ここで何があったか、わかったか?」


 大柄なおっさんと、モブ兵の会話が聞こえてきた。


「ブラガ将軍。町を警備していた兵達の話によりますと、いきなり塔が大爆発を起こしたようです」


「それで、爆発の原因はわかっているのか?」


「それが…… 警備兵達は、再び爆発が起きることを警戒し、塔から離れて様子を伺っていたそうで、まだ調査も行っていないようです」


「まだ調査も行っておらんだと!? 役立たず共が! すぐに調査するように、指示を出しておけ!」


「はっ! すぐに指示しておきます」


 モブ兵士が去って行った後、残ったおっさんは歩きだした。


 頼むから気づかないでくれ。

 俺は祈ったが無駄だった。おっさんは、瓦礫の前に座っていたラミオンに気が付いてしまったようだ。


「おい! そこの子供!」


 おっさんはラミオンに呼び掛けただけでなく、最悪なことにその言葉には『子供NGワード』が含まれていた。


 ヤバイぞ…… ラミオンが怒りモードに入ってしまう……


「お前は、ラミオンを子供扱いする気か?」


 いらんトラブルを避けるために、俺は姿を隠していたが、これではラミオンが暴れる前に止めないといけない……


「それは済まなかったな。お前はラミオンというのか? 良い名だな。それで、ラミオンは、ここで何が起きたか見なかったか?」


 俺の心配をよそに、おっさんは紳士的に謝罪した。おっさんのその態度に、ラミオンの怒りも収まったようだ。


「塔の上で戦闘があって、魔法で塔が吹っ飛んだ」


「塔の上で戦闘!? つまり、勇者様が何者かと戦っていたのか? それで、勇者様がどちらにいかれたか知らないか?」


「あっちに飛んで行ったぞ」


 正確には、ラミオンに蹴られて吹っ飛んでいったのだが、まあ嘘ではない。


「西の方に行かれたのか? 勇者様一人で行動なさるとは、何か緊急の事態が起きたのかもしれんな」


 起きたのは『殺人事件』だから緊急事態に違いない。

 しかも、被害者は『勇者』で、犯人はお前の目の前にいるラミオンだけどな。


「ところでラミオン。ここは危険だから、早く家に帰った方がいいぞ」


「わかった。もうここに用はないし、ラミオンは帰ることにする」


 どうやら、トラブルが起こらず済みそうだ。と思っていると


「ところでおっさんは、他の勇者がどこにいるか知っているか?」


 ラミオンが、俺の知りたい情報をサラッと聞いてくれたぞ!


 このおっさんは『将軍』と呼ばれていて、結構偉いさんのようだから、他の勇者共の居場所を知っているに違いない。


「他の勇者か…… あの連中なら、すでに王都に戻っている筈だ。今ここにいるのは、勇者サワキ様だけだ」


 どうやらおっさんは、他の勇者のことをあまり良く思っていないようだ。勇者のことを話す言葉の節々に、刺々しさが感じられた。


「おっさん、ラミオンはもう行く」


「ああ、そうか。ラミオン、気を付けて帰るんだぞ」


 おっさんは怖そうな見た目と違って、子供好きの人の良いおっさんだったようだ。

 尤も、あっさりと情報を洩らすあたり、将軍としては絶対に無能だけどな。



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「お二人共ご無事でしたか。それで、勇者はどうなりました?」


 女魔族Aは、俺達を待っていた。

 逃げることもできたというのに、案外律儀な奴だ。


《あの町にいた勇者は倒した》


「何と! やはりあの塔の爆発は、戦いによるものでしたか!」


 否、勇者の奴が勝手に爆発させただけで、俺は何もしていないぞ。


「それでは、この後はどうなさるおつもりです?」


《俺達はこれから王都へ行こうと思う》


 王都の場所は『テグタ』の町に戻って、ゴミデフにでも聞けばいいだろう。


「王都に向かわれるのですか!? それなら私が案内いたします」


 女魔族A。お前はなかなかに『お人好し』だな。

 王都となると、間違いなくここよりも危険だろうから、俺とラミオンだけで行くつもりだったが、危険を顧みずに俺達に付き合うと言うとは思ってもいなかった。


 女魔族Aよ。俺は今までお前の事に全く興味なかったから、名前を聞きもしなかったが、せめて名前くらいは覚えてやろう。


《ところで、お前の名前はなんていうんだ?》


「そういえば名乗っておりませんでしたね。私は【エーラルバートリン】と申します」


 エーラルバートリン? 随分長い名前だな。


「略して『エー』と呼んでくださって構いません」


 A《エー》で良いのかよ!? 普通なら『エーラ』とか『エバリン』とか略しそうだが、本人がそう言うのならA《エー》と呼ぶことにしよう。


《俺達の名前も教えていなかったな》


「大丈夫です。『ラミオン』様と『マスター』様でございますよね」


 ラミオンが俺のことを『マスター』と呼ぶから、それが俺の名前だと勘違いしているようだ。説明するのも面倒だから、そのまま訂正しないで良いか。


「マスター様。それでは王都へと参りますので、飛竜にお乗りください」


《王都には、どれくらいで着けるんだ?》


「4時間もあれば着ける筈です」


 4時間か…… 結構掛かるな。ラミオンの第2形体なら1時間も掛からなそうだが、まあ仕方ないか。


《それじゃあ、俺はちょっと昼寝するから、着いたら起こしてくれ》


 正直、この世界の景色を見ても全く面白味がないから、俺は眠って時間を潰すことにする。


「わかりました。では、ゆっくりとお休みください、マスター様」



   ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「マスター様、王都が見えて参りました」


 Aが呼び掛けたので、俺はゆっくりと目を開けた。


 前方に町が見える。これが『王都』か?


 俺が想像していた王都のイメージと、大きな隔たりを感じる景色だ。

 大勢の人々で賑わう、華やかな町を想像していたのに、寧ろ鈍よりとした空気に満ちている。


 眼前に『城』が見えるのだが、城から感じられるのは、妖気とも言える結構大きな魔力―― まるで【魔王城】といった雰囲気だ。


『勇者教団』の本部はどこだ?


 こないだの『ベトラクーテ』の時は、勇者教団の本部は広々とした場所に建つ、煌びやかで目立つ建物だったが、それっぽい建造物が見当たらない。


《A、本当にここが王都なのか? 場所を間違ったんじゃないだろうな?》


 魔族のAが、王都の場所を勘違いしていた―― とか有り得そうだ。

 俺も外国の首都の場所とか、普通にわからないし。


「大丈夫です。目の前に見える城こそ、魔王様のいらっしゃる『魔王城』です」


 はあっ? 魔王城…… だと!?


「ここが魔族の王都【デビローズ】でございます」


 そうか…… 王都って、人族のものだけじゃなかったんだな。


 自分のミスを悟られないように、俺は動揺を隠し


《じゃあ、魔王に挨拶しておこうか》


 そうAに告げた。


「マスター、こんな所に何をしに来た?」


 勿論、こんな所に用なんて全くない。

 仕方なく、俺は笑ってごまかした。


 俺は、『早とちりには気を付けろ』という教訓を得た。


……


《俺達が魔王城に行ったら、城にいる連中が襲ってくるんじゃないか?》


「大丈夫です。お二人のことは、先に戻った者達が伝えている筈ですので」


 寧ろその連中が、俺達を『危険人物』と報告している可能性がありそうな気がしていたが、俺の心配は杞憂に終わったようだ。


 あっさりと、魔王城に入れてもらえた。


「それでは、謁見の間までご案内します」


 Aの後ろを付いていく。


 城の中はかなり質素だ。装飾品の1つも飾られていない。だだっ広い薄暗い廊下が、長々と続いているだけだ。


 それにしても、城の中に兵隊の1人も見掛けない。人の気配がするのは、俺達が目指している部屋の中だけ―― それも精々30人。随分少ない。


《城にいるのは、30人だけなのか?》


「えっ? 城には常時300人以上の精鋭がいる筈ですが?」


 嫌な予感がするな。


『謁見の間』の前に着いた。


「エーラルバートリン、只今戻りました!」


 Aが入口の前で名前を告げると、扉が左右に開いていく。


「よく戻ったエーよ。その2人が報告にあった【バカモン】だな」


 正面の玉座に座った『イケメン優男』が、俺達に向かって言った。


 誰が『バカモン』だ!?


《お前、俺達にケンカを売ってるのか?》


 俺が殺気を放つと、部屋の中は一気に緊張が走った。


「マスター。因みに『バカモ』は誉め言葉で『凄い強者』の意味だ」


 何だって!?

 俺はまたしても『やってしまった』のか!?


 どうやって、この場を収めればいいんだよ?

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扉を抜けるとそこは異世界だと!? 読ミ人オラズ @papipon

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