綻び

 陸軍省のとある一室。そこに三人の男の姿がある。


 永倉新八ながくらしんぱち

 斎藤一さいとうはじめ


 嘗ての新撰組二番隊と三番隊の長を務めていた傑物は揃って、残る一人――正確には彼が差し出した一枚の写真に殺気じみた視線を叩きつけていた。


「これは二日前、堪察加カムチャツカ半島の都市、摩流久戸流マリュクヴェルで撮られたものです」


 写真の内容について語るのは三人目――【明石元二郎あかしもとじろう】。日露戦争において内側から露西亜ロシア帝国を切り崩した男である。

 間諜として露西亜を崩した彼は大日本帝国陸軍にて、間諜達を束ね、養成する特務機関の長を務める。そんな彼が持ち込んできた写真がそれだった。


 極東露西亜ロシアの街並みの中に映り込む一人の男の姿。問題はその男の手にある一冊の本にある。


 妙法蟲聲経ネクロノミコン。史上最悪の魔導書。

 新八は写真の中の魔導書を睨みながら思い返す。


 押し寄せる死者の軍勢を切り払い、悪魔のように笑む東條の首を撥ねた。

 白刃が肉に食い込む感触。頚椎を斬り飛ばす感覚。頭部が地面を転がる音。どれをとっても絶命を確信させた。


 しかし、新八は悪夢を見る。



「首を撥ねたんだがな。やはり生きていたか」


 新八は写真の中の男を睨みながら呻く。


「何らかの禁厭まじないを使って生き延びたということか? お前の異能殺しの祈祷いのりを潜り抜けて」

「いや、あれはもうそういう生物なのだろう」


 新八の応えに一は訝しむ。端的に言えば言っている意味がわからなかったのだ。新八もそれを察しているし、きちんと応えたいところではあるのだが、いかんせん直に刃を交えた自分自身にすら理解できていない為、応えようがなかった。


「奴は首を撥ねて尚、口を利きおった。訳の分からぬ言葉を垂れ流して、最後に名乗りを上げるように――無貌むぼう、と」

「つまり、人間ではないと?」

「不思議ではあるまい。この帝都には異形が蔓延っているのだから」


 黒外套、赤外套、魚人、九頭龍。人や獣ではない魔性の数々。首を撥ねてなお生き続ける生物がいても何らおかしくはない。


「それともう一つ。この男と接触した部下が永倉殿に言伝を預かっています」


 ――我が目論見は達せられた。この国は一つ強くなった。新たなる英雄の誕生を共に祝おう――


 国を強くする。東條英機はそう口にしていた。そして、ここではっきりした。あの男にとって、あの場で九頭龍が死のうが生きようがどちらでも良かったのだと。


 戦えば強い方が生き残る。東條は九頭龍を使って、蠱毒の儀を執り行ったのだ。


「ふざけおって。どこまで裁定者気取りなのだ、奴は!!」

「つきましては永倉殿――」


 ここからが本題だと元二郎は切り出す。それに対して、新八は元二郎が言い終わるよりも前に、


「わかっている。奴は今の政府には手に負えん。軍に戻ろう」


 闇は深まる。

 新八は窓辺から燦々と輝く太陽を見上げた。


「――禍根は断つ。子らに後の世を託す前にな」

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