第一幕『民間警備会社“新撰組”』

第1話

 黎明の空の如き、美しい黄金色の光。


 もしも、天国という物が仮にあるのだとしたら、こんな光に満ち溢れた場所に違いない。そう断ずる事ができる程に、その光は美しく、そして優しかった。


(――ああ、本当は言葉では語り尽くせないんだ)


 己の知る言葉でどれだけ飾り立てようとしても、この光の美しさの足元にすら及ばない。この感動を、この輝きを、彼はきっと、たとえ死んだとしても忘れることは無いだろう。



 ◆◆◆



 目を覚ますと悠雅は漂白されたように白で統一された部屋で身を横たえていた。香る消毒液の臭いからどこぞかの病院の一室であることを察した彼は、これまでに何があったかを振り返る。


 舞踏会場ダンスホールで見張りをし、黒外套を斬り伏せ、白人の少女と対峙した。そうして――


「っ!?」


 布団を跳ね除けると、真っ白な襦袢じゅばん(肌着のこと)が顔を出す。赤い血の色、臭いも無い。痛みさえも。


 控えめに言っても致命傷だった。即死でなかったのがおかしいくらいに。たとえ、あの場に名医が居合わせたとしても、助かる見込みがなかった筈だ。


 されど、悠雅の心臓は脈を打っている。


 どうして生きているのか、彼は全くわからない。するとそこで、左手が何かに掴まれていることにようやく気付く。起きあがってみれば、窓枠から零れる陽射しを受けて蜂蜜色に光り輝く髪の毛を見て、激しく困惑する。


「なんで、お前が?」


 返答はない。それ程までに深く寝入っているようで、悠雅の右手を握ったまま規則正しい寝息を零していた。


『――ようやく目を覚ましたか』


 困惑する悠雅の耳に、厳めしい男の声が聞こえてくる。その声に導かれるように視線を動かせば、壁に立てかけられた赫銅しゃくどうの大刀の姿があった。


「ア、マ公?」

『その腹の立つ呼び名も今ばかりは聞かなかった振りをしてやる。それより、そこな白人に感謝しておけ。トチ狂った行動をとって心臓を貫かれたお前を死の淵から呼び戻したのは、他ならぬその女だ』

「馬鹿な」


 彼はそう吐き捨てながらも、じわりと霞がかった記憶の彼方で、あの美しい黄金の光が脳裏を過ぎった。


(あの光は、まさかこいつが?)


 死に行くはずだった己を呼び戻した、あの目もくらむほどに美しい光。しかし、悠雅は信じられない。もし仮に彼女が自分を助けたとして、理由が思い付かなかったからだ。


 更に否定材料ならば他にもある。現人神あらひとがみが有する祈祷いのりは原則一つのみ。発電の祈りを持つ者は発電しかできないはずなのだ。


『私の言葉だけでは信じきれないか?』

「そういう訳じゃないが……」


 そんなやり取りをしている間に寝息に歪みが生じる。彼女は薄く目蓋を開けるやいなや、バッと起き上がって悠雅へと視線を注ぐ。


「良かったぁぁ……」


 緊張の糸が切れたのか倒れこむよう、再び布団の上に上半身を投げ出した。布団に顔をうずめながら「良かった」と何やら連呼する。


「どこか痛い所は?」

「いや、無いとおも――」


 食い気味に詰め寄る彼女に充てられ、彼が体を仰け反らせた途端、じわりとした痛みととも胸から血が吹き出した。傷口が開いたのだ。


「痛ぅっ――」

「ご、ごめんなさい!! じっとしてて」

「は、え……?」

「いいからじっとしてなさい!!」


 怒鳴られて思わず萎縮する悠雅はされるがまま、彼女に襦袢を脱がされる。


「な、何をするつもりだ? や、やめろ!! うら若い乙女が男の衣服を剥ごうとするんじゃない!! 馬鹿者!! 破廉恥だ!!」

「変なこと考えてんじゃないわよバカ!! 治療にするに決まってるで――って、ああっもうっ!! 余計傷開いてるじゃないもう!!」


 最終的に襦袢を剥ぎ取られ、ふんどし一丁になった悠雅を彼女は見下ろし、ふんぞり返って一言。


「勝った」


 なんて勝ち誇ったように呟いた露西亜ロシア人の少女は、悠雅の上に馬乗りになって座り込む。


「降りろ馬鹿」

「アンタが素直に治療を受けてくれたら考えるわ」

「……お前は医者か何かなのか?」

「私みたいな小娘がそう見えるのなら、心配するのもやぶさかではないけど?」


 彼女は薄く笑んで見せた。そうして悠雅は彼女が医者、ないし医療技術を持っていないことを察する。

 ならば、一体どうやって? そんな疑問を胸に悠雅は訝しんだ視線を送っていると彼女は手組んで祈りを捧げる。


 いよいよ以って彼はわからなくなっていた。彼女は一体何をするつもりなのか? そう身構える彼に彼女は、


 ――‟大丈夫、大丈夫”――


 あたかも、そう言わんばかりに優しく微笑みかけて、神言しんごんを唄う。


「――愛おしい。あなたと別れなければならないこの運命を私は呪う。人々よ、剣を、槍を、弓を持て。武器を執れ。私達を殺そうとする運命に罰を与えるのだ――」


 光が迸る。しかし、雷光ではない。優しく、美しく、それでいて力強い。そんな黄金色の光。悠雅を死の淵から呼び戻したあの光。


Ainアイン―― ‟神罰覿面ナカザーニエ・スヴィシェ”」


 そして彼女は未だだくだくと出血している彼の胸に手を宛がう。すると、その光は開いた傷口を立ちどころに再生させ始めた。


「これは一体……?」


 悠雅は呻くように疑問を口にする。

 明らかにいかずちまつわる力ではなかったからだ。

 信じられないものを見るような悠雅に折れるように彼女は解答を口にする。


「私の祈祷いのりは‟豊穣ほうじょう”。その中に発電もあるけれど本質はこっちの方が近いかな」


 悠雅の力とは比べ物にならないくらい強い力に、彼は言葉を失う。それより遥かに感じた、美しい、という強い畏敬の念。

 そして同時に、彼は思う。


 ――これは一体、どれほど他人の為に深く願った祈祷いのりなのか、と。


 現人神の祈りは一部の例外を除いて、気が狂うほどの祈りと願いを経て生まれる物である。それは大抵、自己の為に祈り、願われる物。

 だが、目の前の少女は違う。彼女の祈祷いのりは、余りに優しすぎた。


「……なんで、この力を俺に使った? なんで他国でこんな希少な力使ってんだ? 誰が見てるかもわかんねぇのに。捕まっちまうぞ」


 自身を癒す力は珍しくない。しかし、他者を癒す祈祷いのりを持つものは少ない。さらに言えば、彼女のように複数の力を使うことが出来る祈祷いのりを持つものは、輪をかけて少ない。

 出るところに出れば、大国の一等地に巨大な摩天楼を十棟は作れる価値がつくこともある。

 つまり、悠雅は何を言いたいのかというと「お前は馬鹿か露西亜ロシア人」この一言に尽きた。


「むぅ、さっきからバカバカ言い過ぎなんじゃないの? 私がいなきゃとっくに死んでるくせに」

「そもそも頼んでねえ」

「なっ⁉」


 助けた人間にここまで言われて頭に来ない人間はいないだろう。だが、悠雅は言ってやらないと気が済まない。


「なんでお前この国に来たんだ? ただでさえ西比利亜シベリア出兵のおかげでかの国とは緊張してるってのに。そもそも決意がブレブレなんだよ‼ 一体どんな思いを、使命を帯びて来たのか知らないがな、他国の人間に銃を突きつけられるくらい肝が据わっているのに何で俺を助ける⁉」


 支離滅裂。悠雅の言葉はその一言に尽きる。それでも彼は止まらない。自分の身を案じていない彼女がどうしようもなく気に食わなかったのだ。

 故に彼は怒る。自分をどれだけ棚に上げているのかも気付かずに。


 この国では希少な能力を持つ現人神は保護という名目で即時研究機関に送られる。一度機関に送られれば二度と日の光を拝むことさえできないこともある。


「お前は母国に帰ったほうが良い。お前はこの国にいるべきじゃない」


 言うだけ言った。しかして、彼の内情を後から追いかけてくるのは猛烈な後悔だった。

 自覚があるから尚のこと思うのだ。酷い発言だった、と。

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