第4話 俺の親友たち

 晴天の大安吉日、俺の親友二人は結婚した。


 俺とその二人は高校時代からの親友だ。男は野球部のサードで、硬い守りに定評があった。女は華道部の部長で責任感も強く、色彩感覚に優れた人だった。

 俺と彼らを繋げたのは、ある喫茶店が舞台の漫画だった。美味しいレシピも載っており、腹を減らした高校生には目の毒といったものだった。文化祭でその漫画に出てきた料理を俺が再現して出した所で、話題はその漫画へ。三人はすぐに話が合った。気が付いたら、漫画の話だけでなく身の上話から色恋沙汰まで、話題が尽きる事は無かった。


 大学からは別の生活になってしまったが、それでも機会を見つけては連絡を取り合い、よく俺の家であの漫画に出ていた料理をご馳走したものだった。

 大学を卒業し社会人になってからも、その関係は長く続き、ついには俺を差し置いて二人でくっついた、という事だ。


 結婚式の二人は、別人と見紛うくらいに綺麗だった。男は白のタキシードに身を包み、元々上背のある体格を程よく引き締めていた。女は白のAラインのウェディングドレスを纏い、美しいデコルテを見せていた。


 結婚式場には大勢の人間がお祝いに来場し、彼らの人望を如実に表していた。



────────



 結婚式も終わり、控え室で休んでいるであろう二人に、ツッコミがてらお祝いの言葉を投げてやろうと、俺は彼らの控え室に向かった。


 そこで俺は見てしまった。


 控え室に入るドアの下からは、赤黒い液体が滲み出ていたのだ。最初は赤ワインかと思い、湿った絨毯じゅうたんを踏みしめてドアを開けた。そして広がっていた光景は、今でも鮮明に覚えている。

 手足はあさっての方向に飛ばされ、白かったドレスとタキシードは鮮血で真っ赤に染められ、臓物ぞうもつはちぎれ飛び、その一部が床に転がっていた。

 そして、女は顔の左半分を、男は顔の右半分を残し、喰われていた。そして残った部分を合わせてひとつの頭になって、床の中央にさらし首の状態で置かれていたのだ。


「なぜ……。こんな事って……」

 思考が現実に着いて行けていない、そんな感覚だった。現実離れしていた惨状だったのだから、今にして思えば無理もない。

 そこに唐突に、後ろから声がかけられる。若い女の声だ。

「あらあら、ひどい有り様ね。食い散らかすだけ食い散らかして。誇りも何もあったものじゃないわ」

 呆れと怒りを混ぜ合わせたような口調で、女は喋る。後ろを振り向くと、見慣れない服装の知らない女が立っていた。

「お前が…お前がやったのかぁぁぁぁ!」

 俺は右拳を握り締め、右ストレートを女の顔に叩き込む。しかし、

 パァン

 女の右掌で軽く受け止められる。細い腕なのに、俺の渾身の一撃を止められ、少なからず驚愕する。


「これはアタシがやった事じゃないわ。アタシの仲間──とは言っても、誇りも何も無い『血族』の爪弾つまはじき者──の仕業だけどね」

 にわかには信じられなかった。今の現代社会に、こんな妖怪じみたヤツが存在しているなんて。

 俺は右手を振りほどき、女に問い詰めた。

「犯人を知っているのか! なら教えろ!」

「教えてもいいわ。でもどうするの? 貧弱な人の身では、アタシたち『不死者ノスフェラトゥ』の血族には太刀打ち出来ないわよ」


「くっ……」

 俺が言葉に詰まっていると、女から妙な提案を持ちかけられた。

「アタシの手伝いをしてくれたら、アナタの望みを叶えてあげる。

 アナタは復讐がしたいのでしょう? その犯人探し、手伝ってあげる。その代わり、アタシの元で働く。どうかしら?」



********



「ショウさん、大丈夫ですか?」

 ユキが掛けた言葉に、俺は現実に引き戻される。昔の思い出に浸っていた。まだ人だった頃の自分を思い出していたのだ。

「……ああ。大丈夫大丈夫」

 そうして俺は、ククルの軍門に下り、人の身から不死者ノスフェラトゥの肉体を得た。いわゆる『転化者てんかもの』と呼ばれる存在にのだ。


「今日も外の仕事だから、ユキはお嬢様を頼む。と言っても、あのワガママっぷりじゃあなぁ」

 そして俺はまた狩りにおもむく。これは『復讐』なんて高尚なモノじゃない。ただ個人的に、俺の友人を食い散らかしたやからに罪を償わせるために売った、身勝手なケンカだ。


 そう。俺はただの報復者アヴェンジャーだ。

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