第3話 次の仕事

 スイーツと紅茶を銀盆に乗せ、お嬢様の部屋へ向かう。すると部屋への扉は少し開いており、その向こうから月明かりが廊下を照らしていた。


 扉をノックし「失礼致します」と呼び掛けると、上品な声で「どうぞ」と返答があり、促されて室内に入る。

 お嬢様の執務室では、わずかにインクの香りが感じられ、ついさっきまで書類仕事をしていたのだとわかる。今その当人は、窓の向こうに輝く月の明かりを見つめて、俺からは背を向けていた。


 俺はスイーツの皿とティーカップを執務机に起き、解説を語る

「本日ケーキはお作り出来ませんでしたので、代わりに『クレープシュゼット』をお持ちしました。合わせる紅茶は、『アールグレイ』で御座います」

 わざと慇懃丁重に説明を語る。一応これでも、俺はこの邸宅の執事だからだ。


 月を見上げていたお嬢様『ククル』は、振り向いて執務机に移動する。優雅な身のこなしで椅子に座ると、待ちきれないといった表情でナイフとフォークに手を伸ばす。

 ナイフで一口大にクレープを切り分け、フォークで刺して口に運ぶ。少し咀嚼そしゃくしただけで顔が崩れて、その味が気に入った事がわかった。

「んふふふふ。さすがね、ショウ。時間が無いのにこういうスイーツを出してくれるなんて」

「そう思ってらっしゃるのでしたら、あまり使用人を困らせるような事はおっしゃらないで下さいませ」

 言葉を投げ掛けてから、わざと溜め息を吐きだす。精一杯の嫌みだ。

「でも、私の言った事はほとんど叶えてくれるじゃない。たまには意地悪したくもなるのよ」

 ニコニコと話すククル。まるで何も知らない無邪気な少女のように話し、紅茶に手を伸ばす。

「あら、紅茶も美味しい。クレープと合っているわ」

「アールグレイは柑橘の香りを付けてありますから。オレンジで煮込むシュゼットとも相性は良いかと」


********


 俺はククルに、先日の依頼が完了した事を報告する。ククルはそれを聞きながら黙々と飲み食いしていた。クレープと紅茶を全て味わって、皿もポットも空っぽになる。

「ご馳走様。こういうサッパリした温かいスイーツも良いわね。また作って頂戴ちょうだいね」

 俺は面倒事はごめんだと言いたい所を、渋面じゅうめんだけで我慢する。


 そしてククルは、机の上にある封筒を1枚、俺に差し出す。

ですか?」

「そう。よ。よろしく」

 さらに渋面じゅうめんになる。いつもの暗殺の仕事依頼だ。面倒にも程がある。

「それでも、貴方はこの依頼を断れない。そうよね?」

 ククルは、いつになく真剣な表情で俺を見つめる。俺も既に、引くに引けない所にまで来てしまっているのだ。俺の表情も引き締まる。

「標的は絞られつつあるわ。貴方の仇を討つのは、もう間もなくよ」

 俺は封筒を受け取り、中を確認する。相手は貴族の三男。人を家畜としか思っていない、不死者ノスフェラトゥの誇りも無い輩だ。


「了解しました」

 俺は封筒を懐にしまう。

「今回も、手加減無用よ。良い報告を待っているわ」

 お嬢様の執務室を後にし、俺は報復者アヴェンジャーの顔に戻る。親友たちのあだを討つために。

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