第2話 紅茶とスイーツ

 夜の闇に浮かび上がる瀟洒しょうしゃな邸宅。

 俺の主人が住まう邸宅。

 そして俺が今の所、帰る場所だ。


 そんな邸宅に戻ってみると、やはりと言うか、ある問題が起こっていた。この邸宅の主人であるの、いつものワガママだ。


 俺が戻ると、メイドであるユキが小走りに駆け寄ってくる。

「ああ、ショウさんお帰りなさい。あの…またお嬢様が…」

「今度は何です?」

 ここの主人であるお嬢様は、時々ワガママを言い出してくる。それをこなすのに、従僕である俺たちは頭を悩ませるのだ。


「お嬢様が…その…ケーキが食べたい、と…」

 俺は天井を見上げる。また始まったか、お嬢様のスイーツ好きのスイッチが。応対する身にもなって欲しいものだ。

「あ。ショウさん、お帰りなさい。それで問題が…」

 こちらはケイン。男の従僕。俺の部下、と言った所だ。

「問題とは?」

「実は砂糖が少ししか無いんです」

 ケインから重大な問題が飛んでくる。砂糖が無ければスイーツも作れない。さらに天井を仰ぐ。

 「量は?」と問えば、タッパーに入っている砂糖を差し示す。大さじ1杯がせいぜいか。


 とりあえず冷蔵庫の中を調べない事には始まらない。俺は冷蔵庫に歩み寄り、その扉を開ける。

 中にあるのは、晩餐で使った残りの食材。それから卵・牛乳・オレンジジュース。

 …オレンジジュース?

 そこでふと閃いた。俺は二人の後輩従僕に指示を出す。

「ケインは小麦粉を持ってきてくれ。ユキは紅茶用にお湯を沸かして。ケトルを火にかけたら、お嬢様に「30分だけお待ち下さい」と言ってきてくれ」

「「はい!」」


 そこからの動作は流れるようだった。

 ケインは戸棚に仕舞ってある小麦粉を取り出し、俺が指示した量を計ってボウルに入れる。

 ユキはケトルに水をたっぷり注ぎコンロにかけ、足早にキッチンから出て行く。お嬢様に連絡に行くためだ。

 俺はと言うと、卵1個と牛乳を取り出す。牛乳は計量カップで計り、ケインから小麦粉を受け取ってまずは卵を割って落とす。小麦粉と卵を泡立て器でダマにならないように混ぜ、そこに牛乳を少しずつ注いでは混ぜ注いでは混ぜ。かなりゆるめの生地を作る。


 フライパンを取り出し、弱火にかけて一欠片のバターを落とし、フライパンに馴染ませる。

 作った生地をお玉杓子ですくって流し込み、フライパンを傾けて全体に薄く広げる。生地の縁が焦げて浮き上がってきたら、フライ返しでひっくり返す。裏面を焼くのは10秒ほど。


 こうして4枚のクレープが出来上がる。そしてここからが、一手前。

 使っていたフライパンはそのまま弱火にかけ、オレンジジュースを投下する。フツフツと煮たってきたら、晩餐で使った酒『コアントロー』を少量入れる。これで風味付けだ。

 オレンジジュースの中にクレープを浸し、軽く煮ながら四つ折りに畳む。これを2枚。


 お湯が沸いたので、ティーポットに紅茶の葉っぱをふたさじ投入し、一気にお湯をポットへ注ぐ。こうする事で、お湯の中で茶葉が舞い踊るのだ。そのまま3分、ティーコゼーを被せて蒸らす。

 クレープが煮上がる頃には紅茶も出来上がっていて、茶漉しで漉しながらもうひとつのポットに注ぐ。


 煮上がったクレープ2枚は、湯通しして温めた皿に綺麗に盛り付け、彩りにミントの葉を乗せる。これで、紅茶とスイーツの完成だ。

 残りの2枚のクレープは、同じように調理して1枚ずつケインとユキに渡す。

「お疲れ様。これを食べたら、上がっていいよ」

 そう言い残して、俺はスイーツと紅茶を持って、お嬢様の元へ向かった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る