[失楽園の彼方]

 禁断の果実を食べて、夫の創った楽園から逃げ出していった。

 自由になった私の目の前に広がるのは、真っ青な大空?


 いいえ、灰色の壁。

 出ることの叶わない、冷たい鉄格子の中。

 ふたたび、私は囚われの身になってしまった。


 金も、家も、愛も……

 今まで夫が与えてくれていたもの、すべてを失った。

 ああ、なんて不様な今の私――。


 けれども、絶望なんてしていない。


 希望はある!

 私のお腹の中で、小さな希望が育っている。

 これこそが“ 希望の光 ”なのだ。


 やがて月満ちて……私は出産した。

 刑務所外の産婦人科での分娩が許されて、十二時間に及ぶ難産であったが、夫もなく、家族もなく、誰の手も差し伸べられずに……激しい陣痛にひとり耐え抜いて、私は双子の男の子を産み落としたのだ――。

 二つの新しい生命が誕生したことは嬉しかった。

 だが、囚人である私は三ヶ月間は授乳のため、赤ん坊たちと一緒に居られるが、いずれ離れ離れにならなければならない。

 子どもたちの父親は婚姻中の妊娠ということで戸籍上は夫の子どもとして認知されるはずだが……それに対して、舅である政治家から、赤ん坊のDNA鑑定をすると言われた。――まあ、それも仕方ないだろう。

 嫁である私は不倫をして、痴情怨恨で愛人を殺したということになっているから、正直、夫の子どもではない可能性の方が大きいのだ。

 いずれ刑務所を出所したら、子どもたちとも一緒に暮らせるだろう。それまでは乳児院を経て、児童養護施設で待っていて欲しい……。


 数日後、弁護士を経て私の元に赤ん坊のDNA鑑定の結果が知らされてきた。

 一卵性双生児の父親は……意外なことに、亡くなった夫だった。

 今回のDNA鑑定には、夫が赤ん坊の時にDNA鑑定したカルテが医師の元に残されており98%間違いはないと言われた。

 それを聞いた時、喜びよりも涙が溢れた。

 あんなに望んでいた夫婦の子どもなのに、こんな形に授かるなんて……夫が死んてしまったことが、悲しくて、悔しくて、涙が止まらない。

 そう言えば、河合幹也との不倫がバレたかと思われた、あの日――。

 憤怒していた夫が、私から車のキーと携帯電話を無理やり取り上げた。ヒステリーを起こし、突っかかった私を押し倒して、無理やりセックスをした。

 この優男やさおとこのどこにこんな力があったのかと思うほどの力で私を抑えつけて犯したのだ。怒りに任せた、男の劣情れつじょうだった――まさか、あの日の妊娠だったかもしれない。

 DNA鑑定の結果、自分の孫だと判って、双子の一人を養子として引き取ると舅から言い渡された。孫に男の子がいないので、いずれ自分の後継ぎにしたいらしい。

 そして、もう一人は信頼できる秘書の家族が引き取って養育してくれることになった。その子は、私が出所したら返してくれるという約束なのだ。

 政界の重鎮である自分の孫たちが、施設で育つなど一族の恥だと我慢できないのだろう。


 赤ん坊たちの名前は魁人かいと亜星あせいと名付けた。


 失くしてみて、はじめて分かった夫の深い愛。彼がいないと、私は輝かない凡庸ぼんような女でしかなかった――。

 本当は夫のことを愛していたのに、対等な人間として扱って貰えない不満から、ずっと愛していないと思い込もうとしていただけなのかもしれない。

 愛されることに慣れ過ぎて、本当の愛に気づかなかった。

 自分の中にあった真実に辿り着くのが遅すぎた……今さら悔やんでも、後悔しても、遅い! 私は愚かな女だった。

 今、刑務所で無実の罪で服役していることは、夫を裏切った罪の償いだと思っている。幹也を殺した真犯人なんて、もうどうでも良かった。は罪悪感から創りだした妄想かもしれない。


 早く、ここから出て赤ちゃんと暮らしたい! 

 時々、秘書が赤ん坊を連れて刑務所に面会に来てくれるが、赤ちゃんは日に日に夫に面影が似てくるようだ。

 目の形、鼻の形、耳の形、あくびをする顔までもよく似ている――今は亡き夫のミニチュアみたいで、とても愛おしい。

 あなたの血は、この子たちのDNAに引き継がれました。

 魁人と亜星という二人の忘れ形見、この子たちの母として、私は生きていく――。


 二人の愛の結晶が、私の未来を照らす“ 希望の光 ”となった。



                   ― 完 ―

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Blood of Adam 泡沫恋歌 @utakatarennka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ