告白

香久乃このみ

第1話告白

「ねぇ、陽太。机の中にこんなものが入ってたんだけど」

 幼馴染のみずきがそう言いながら俺に見せたのは、告白の呼び出し状だった。

 俺が昨夜書いて、今朝みずきの机に入れた。

「な、何だよ、それ」

 悲惨な点数の答案用紙を親に見つかった時のような気分だ。

 喉の奥がはりつき、妙な声が出てしまう。心臓が早鐘を打ち、全身から嫌な汗が噴き出した。

(指定した時間は今日の放課後なんだが、まさか今ここでお断りか!?)

 こんな10分間の休み時間に。繰り返される日常の中であっさりと記憶の彼方にかき消されてしまいそうな、ザコ休憩時間に!

(どうする、今ならジョークで間に合うか?)

 みずきの手にある呼び出し状に、俺はちらちらと目を走らせる。さっと取り上げ破いて笑い飛ばせば、キックの一発くらいで済むかもしれない。

(みずきとの、今のぬるま湯のような関係を崩さずに済むかもしれない)

 そう思い、彼女の手にある紙を奪い取ろうとした時だった。

「ねぇ、呼び出されたのは今日の放課後なの。陽太、ついて来てくれない?」

(……は?)

 みずきは訴えるような瞳をこちらへ向けている。

(え……? これ書いたのが俺だって、コイツ気付いてない?)

 確かに俺は自分の名を書かなかった。俺とみずきとの間なら、筆跡ですぐに分かると思ったからだ。

「ねぇ、ついて来てくれるよね?」

「いや、ほら……、こういうのはやっぱりさ……」

「お願い、陽太!」

「…………」



(で、こうなったわけだ……)

 放課後、俺は自分の指定した場所にみずきと共に立っていた。

「な、なぁ、みずき。もう15分くらい待ったのに来ねぇじゃん」

 2人きりで校舎裏にたたずみ続ける俺たちの姿を、知り合いの誰かに見られたらと思うと気が気じゃない。

「きっとイタズラだったんだよ、もう帰ろうぜ」

「ううん、もう少しだけ待ってみる。ひょっとすると掃除当番かもしれないし、先輩か先生につかまってるのかもしれない」

(お前につかまってんだよ!)

 全力でツッコミたいのを、何とか堪える。

(だが、どうするこの状況……)

 考えた挙句、俺は1つの賭けに出る。

「あ、あのさ、みずき……」

「何?」

「もし、呼び出したの実は俺~……、って言ったらどうする?」

「あひゃっひゃっひゃ!」

(なぜ笑う!)

 だめだ、完全に心が折れた。今日、ここでみずきに告白するだけの強靭なメンタルは持ち合わせていない。

(もう、こいつなんか放っておいて、帰ってやろうか)

 だが俺が姿を消した後、来るはずのない人間をみずきがいつまでも待ち続けたら……。

(傷つくだろうし、笑いものにされたら可哀想だな)

 そう思うと立ち去ることも出来ない。

「なぁ、みずき……。その呼び出し状さ、果たし状だったらどうするよ? 危険だから帰った方が良くね?」

「果たし状……」

 みずきはおもむろに俺に向かって身構える。

「じゃあ、バトルの練習でもしておこう。かかって来い、陽太!」

「あほ」

 告白しに来た奴が、好きな女が幼馴染の男とバトってるの見たら百年の恋も冷めるだろう。

(……まぁ、呼び出したの俺なんだけど)



「ねぇ、これ書いた人さ」

 みずきは指先で呼び出し状を弄ぶ。

「私の知ってる人かな?」

(俺だよ!)

 心の中で叫びつつ、俺は目を逸らす。

「知るわけないだろ、そんなの」

「ふぅん……」

 みずきは壁際に寄ると、コンクリートの上に腰を下ろした

「もし、知っている人でさ、普段仲良くしている人だった場合さ、何で告白しようと思ったのかな」

「?」

「だってその場合、すでに仲は良いわけじゃん? 普通にしゃべったり、楽しい時間を過ごせてる間柄なら、わざわざ告白する理由って何だろうと思って」

「そりゃ……付き合いたいんだろ?」

「付き合うって、何? 友達関係と何か違うの?」

「違うだろ、全然」

「そう? 例えば?」

「……デートしたいと思ったんじゃねぇの」

「陽太と私は付き合ってないけど、たまに2人で出かけるよね?」

「それは……、荷物持ちとか、予定していたのに来れなくなった友達の代役とか、そういうやつだろ? そうじゃなくて、ちゃんとしたデート」

「じゃあ、ちゃんとしたデートって何だろう?」

「映画行ったり、2人で腕組んで歩いたり、食事したり……」

「私と陽太、割とそんな感じだよね?」

「だから……」

 俺は空を仰ぐ。

「お前が他の男に取られんのは見たくねぇと思ったんじゃね。あと、キスがしたくなった、とか……」

「うっわ、陽太、やっらし!」

「な……っ、やらしくねぇよ! お前が友達付き合いと男女のお付き合いの違いは何かって聞くから、答えてやったんだろ!」

「陽太も考えたことある? 誰かにキスしたい、って」

「……まぁ、なくはない」

「陽太、やっらし!」

「やらしくねぇ!」



「な、なぁ、いくら『放課後』つったって、遅すぎんだろ」

 空は既に茜色に染まっている。

「こんな時間になっても姿を現さないってことは、きっと来ねぇよ。いい加減、帰ろうぜ」

「そだね」

 みずきは素直に立ち上がると、スカートについた砂をぱっぱと払った。

(良かった……。このままみずきが、相手が現れるまで待つと言ったら、どうしようかと思った)

 ほっと息をつき、荷物に手を伸ばした時だった。

「陽太がどんな気持ちで私に告白しようとしたか、分かったことだし」

(……は?)

 時が止まる。

 みずきは悪戯っぽい笑みを浮かべて俺を振り返った。

「これ」

 みずきは呼び出し状を出して見せる。

「陽太の字でしょ?」

「そう、だけど……。って、お前ぇ!!」

 俺は勢いよく立ち上がる。

「俺からだって分かっていながら、とぼけてたのか!? 俺をからかったのかよ!」

「からかったわけじゃないよ、ただ……」

 みずきの唇が呼び出し状に軽く触れた。

「これまでずっと幼馴染してた陽太が、どうして急に私に告白しようなんて考えたのか、分からなくて……」

 みずきの茜色に染まった頬に長い睫毛が影を落としている。

「こっちが本気でOKしても、陽太の方はイタズラのつもりだったらショックじゃん。だから……」

「…………」

 一歩近づきたいけれど、今の関係が壊れるのが怖い。そう思っていたのは俺だけじゃなかった。

「……イタズラじゃねぇよ」

「良かった」

 みずきがふわりと笑った。

「で?」

「で、って何だよ」

「いや、告白するんでしょ? 私に」

「は!?」

「さぁさぁ、ばっちこい!」

「ふざけんなよ!」

 この状況からどんな顔で何を言えというんだ。

「帰んぞ、みずき!」

「え~? ちゃんと陽太の口から愛の言葉聞くまで帰れないな~」

「……っ!」

 俺はみずきに向き直り、その柔らかな両頬に手を添える。

「えっ? あ、ちょっ……いきなり!?」

「…………」

 空の色よりもさらに朱いみずきの頬。

 焦って目を泳がせる彼女に、俺は迷わずヘッドバットを食らわせた。

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告白 香久乃このみ @kakunoko

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