第70話 間も無く冬が訪れる

 ギレン法国において、前線を任された指揮官達は一様に頭を抱えていた。

自軍の士気が余りにも低い事に。

 

 だが、それも仕方が無い事だろうと思う。

この開戦の名目が余りにも稚拙な理由だったのだから。

その理由・・・・を信じた法国民はどれ位居たのだろうか?

後の歴史学者達はこう分析した。

「戦闘に従事した兵士の、実に98%が信じていなかった 」 と。

2%とは、戦闘を声高に支持した施政者の数である。


 国同士の戦争を、盤面で行なうゲームのように弄ぶ一握りに者達。

その者達には、前線で戦う兵士たちの気持ちや、かつての級友に武器を向ける事への葛藤等は関係ないのだから。


    ◇    ◇    ◇    ◇


創世暦 一七二六年 晩秋

 

 間も無く冬が訪れる、それは兵士の体力を悉く奪い、死へと誘う季節の到来を意味していた。

如何に魔法に優れた人々であろうと、自然の驚異には抗えず、蟻の如く踏み潰される。

人など自然の中では、矮小なモノなのだから。


 両軍共に心身共に疲弊していた。

それも当然であろう、かつての友、共に学び舎で机を並べた学友・級友たちが、己が手で血に染まり、命を断たれるのだ!

己が手に持つ刃に纏わり着いた級友の血…… 苦悶の表情で絶命した友人。

涙を流し、魔法を振るう者達…… 。

共に笑いあった筈の、友人同士での殺し合い。

その様な光景を正視できる者は居ないであろう。

開戦から既に六ヶ月が経過していた。


『もう、皆が限界であろうな 』

ゲオルグは苦渋の表情で、言葉をこぼした


『そうでしょう…… 私も胸が苦しく、眠れぬ夜を過しております。

あちらの士気も、此方同様ですから…… 』

アイギスも苦しそうだ。

かつて戦乱の時代もあったはず、しかし…… ここ迄苦痛を伴う戦争があったのだろうか。

戦場は、まさに地獄絵図であった。


 この様な状況下であっても、アスガルド王国では、逃げ出す兵士が一人も居ないことが不思議でならない。

ギレン法国側では、連日脱走する兵士や自害する兵士の報告が止まらないのだから。

 

己が手に掛けた友人に涙し、家族へと言葉を残す者。

己が初恋の相手を手に掛け、その場で自害する者。

お互いがお互いの胸を貫き、抱き合って死する者…… 。

正常な者であれば耐えられぬ戦場…… 

そこには地獄があった。


それを、薄笑い、時には激高して鞭を振るう施政者達。

己が手を汚さず、ただ無慈悲な命令を伝えるだけの存在…… 。


 戦時下でありながら、暗殺騒ぎが起こったほどに、ギレン法国側は荒んでいた。

数名の施政者達が戦争の指揮を執っていたのだが、正常でいられなくなった自軍の兵士達に、惨殺されるという事件が起こったのだ。

そのため、命が惜しい施政者達が我先にと王都へと逃れるが、それも僅かに生を永らえただけで、終戦後に彼らは帰還した兵士達に惨殺される事になるのだった。

その私刑の様な状況も、ある者にとっては邪魔者達・・・・が一掃出来る都合の良い暴動であった。

そんな未来が、自身に待っている等とは思わない利己的な者達と、地獄から帰還した法王への不信・・・・・・を抱く帰還兵達。

法王の治安出動の発動により、邪魔な双方を上手く片付ける事に成功する。

それは、後に銀翼の内乱・・・・・

と呼ばれ法国民に深い傷を齎した。


 ◇    ◇    ◇    ◇


 そんな目を覆いたくなる様な両軍の状況を、一番辛い立場で見ていた者は他でも無いもない、レオンとエレノアの二人だ。


「レオン、すまない…… 」

何度と無く繰り返される問答

「もう…… 言うな、仕方が無い事だ。

それに、どんな事があっても、お前の手を離す事は出来ない 」

エレノアへとレオンは気持ちを伝える。

しかし、二人にも限界が来ていたのは事実だった。


間も無く、二人は最悪の決断を迫られる事になる。

それは、後にギレン法国において、法国民の暴動へと発展する要求だった。

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