第65話 ここは何処だろう?

 「ここは何処だろう? 」 

男は掠れた声で呟いた。

身動ぎした後、ムクリと起き上がり男は視線を廻らせる。

着衣は薄汚れてはいるが、立派な物を着ており、どこか高貴な雰囲気も感じられた。

立ち上がると、衣服の埃を払う事も忘れ出口を探す。

薄明りが上部より差し込んでいるらしく、若干だが明るい事で部屋の状況が確認できた。

石造りの壁には扉が一つ有るだけだ。

鉄で出来た重厚な造りの物で、覗き窓が有るのだが今は閉ざされている。

此方からは開ける事は出来ず、外の様子を窺う事は叶わない。

下にも小さな扉があり、その場所には水差しと簡素な食事が置かれていた。

その扉も此方から開けることが出来なかった。

 

「この場所は? 」

男は手掛かりを求め様子を窺う。

石造りの床は円形であった、上を見上げると天井も丸いのだが、円錐状になっている。

円錐の途中には出窓があり、そこから薄明りが差し込んでいた様だ。

其処からは、細い紐の様な物が垂れ下がり、窓の開閉を出来る工夫がなされていた。

だが、外の景色を見ようとしても、出窓は床から4m位の場所にあり、とても手などが届く筈も無かった。

紐の様な物は、とても身体を支える事は叶わないだろう。


「ここは…… 何処かの尖塔の様だな。 つっ! 」

男は頭部を押さえた。 若干だが出血をしていた様だ。

頭皮には傷と、毛が血によって固まってしまった箇所もみられた。

どうやら頭を強く殴られたらしい。

治癒魔法を使おうとした瞬間、その右手へ違和感を感じた!


「ぐっあぁ! なにぃっ! 拘束呪だと!? 」

右腕へと嵌められた物は魔力を減じ、その場所からの移動を禁じる魔法具であった。

魔法師が牢から脱獄しないよう、魔法と指定された場からの移動を禁じる呪具である。

魔力が減じられる事で、魔法も行使できなくなる。

生半では解錠が出来ぬ代物だ。


男は、床へと膝を突き、その腕を眺める。

やがて、一筋の雫が頬を伝うと…… ポタリ と床へと落ちた。

「いったい。 どうして…… どこで間違ったのだ。

父上…… 私が愚かでした。 あの様な甘言に惑わされたばかりに!

母も…… 既に傀儡に成り下がりました 

エレノアよ……レオンよ…… すまぬ 

ファルド殿…… 私を赦して欲しい 」

男は声を押し殺し、だた涙を流した。

己が浅ましさと、浅慮さの代償は余りにも大きかった。

男は、これから尖塔ここで、多くの時を過す事となる。

それが、奇縁の始まりになるとは、この時の男は知る由も無い。


彼者かのものの名は、レイモンド・ギレン・ゴダールと言った。

今はその名も奪われ、己が愚かさを嘆くしかない男に成り下がっていたが、一つの出会いが歯車を狂わせるように、一つの出会いで鮮やかに蘇る事もある。

「人の縁とは、かくも不思議なものである」


    ◇    ◇    ◇    ◇


 暫し時は過ぎ行く、闘技会も終幕し間も無く夏へとなろうとしていた。

空を見上げると、夏特有の積乱雲がみてとれる。

しかし、視線を少し変えると、遠く山間には雷雲が立ち込めていた。

遠くでは不気味に光が瞬くと、雷鳴が響いてくる。

奇しくも遠雷の方角はアスガルド王国を指していた。

間も無く始まる舞台の開幕の合図のように。

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