魔王計画 ~Rivero de Tokio Reprezentanto~

敷金

魔王計画 ~Rivero de Tokio Reprezentanto~

我が王の命令で、私はこの「アラガランズ小王国」にやって来た。


アラガランズの歴史は古く、我がズミダーガ帝国よりも三百年も前に立国したのだが、辺境の大陸のせいか人の行き来に恵まれず、人工的にも経済的にも、そして政治力的にも、今ひとつ決め手に欠けている。

はっきり言ってしまえば、相当な弱小国である。



私の名はカンダガ。

ズミダーガ帝国主力騎士団の一員であり、この度ズミダーガ帝国皇帝・ガマタワー三世陛下より直接の命令を賜り、この地へやって来た。


詳細は私などでは知る由もないが、我が陛下はお若い頃、このアラガランズに留学していた事があり、その縁でこの国の現国王と親しい間柄なのだと聞いている。

今回も、恐らくはその流れで、この私が派遣されて来たのだろう。

しかし、一体何のために?

それについては、私は一切何も聞かされてはいないのだ。



入国申請は、ズミダーガ帝国主力騎士団の紋章を掘り込んだアミュレットを掲げることで、問題なく通過。

私は、そのままアラガランズ城へと訪城し、キュラガン王に謁見した。

我が陛下よりも若干お若いものの、その顔には年に似合わぬ深い皺が刻み込まれており、相当な苦労を経験して来たのではとお見受けする。


私は騎士としての挨拶と、招聘に対する礼を述べた後、早速用件を伺ってみた。



「うむ、実はそなたの実力を見込んで、とある遺跡の探索を願いたいのじゃ」


「遺跡の探索……でございますか?

 失礼ながら、御国におられる兵士殿は?」


「誠に恥ずかしい事だが、とてもそのような能力を持つ人材が、我が国におらぬのだ」


「左様でございますか。

 (どういう事だ? 見た所かなり屈強な兵士が、この謁見の間にも大勢居るようだが?)」


「そなたの高い実力と実績、そして類稀なる勇猛さに関しては、ガマタワー三世殿より良く聞かされておる。

 どうか、余のつまらぬ願い、聞き届けては頂けぬかの?」


「――承知いたしました。

 私などで、お力添えになるのでしたら、喜んで」


「おう、そうかそうか。

 さすがはカンダガ殿だ、期待を裏切らぬ」


「……?」


謁見が済み、その日の晩には豪華な宴の場が設けられた。

驚くべきことに、それは私一人を歓迎するために用意されたというのだ。

我がズミダーガ帝国城内でも、ここまでの規模の宴は、滅多に行われないというのに。


これも、辺境の小国が精一杯見栄を張った結果なのだろうか。

歓迎される事そのものは、たとえどのような国でも悪い気はしない。


唯一引っかかるのは、この期に及び、いまだに「遺跡の探索」に関する詳細が伝えられていないという事だ。


だがそれも、予想を上回る美酒と未知の食材による美味・珍味、そして美女達の優雅な演舞によって徐々に惑わされ、いつしか私は、深いまどろみの中へと巻き込まれて行った。



翌日、早速準備を整え、詳細を尋ねるべくキュラガン王への謁見を申し出た。


しかし何故か、その頼みは却下された。

代わりに、衛兵隊長を名乗る男とその一団が現れ、私を遺跡に案内すると申し出た。


「私は、テンノゥズと申します!

 ここに揃う者達と共に、カンダガ様を遺跡までご案内及び、警護を担当

 いたします!」


「ご案内感謝する。

 しかし、聞けば遺跡への移動はほぼ街中の移動のみと

 伺っている。

 貴殿のような方を伴うほどの警護など、果たして必要かどうか」


「いえいえ、カンダガ様に万一にでも、何かあってはと」


(もしや、あなどられているのか……?

 いや、こやつらはそれなりに緊張した態度で、私に接している。

 見下しているわけではないようだが……すると、上の命令ということか)


私はそれ以上何も言わず、テンノゥズ隊長の申し出を受け容れることにした。





遺跡というのは、どうやら俗に「迷宮」と呼ばれる、前文明時代の古い建造物のようだ。


街外れにひっそりと増設された発掘現場の仕切りを抜け、間に合わせに組まれた石畳の道を少々進むと、それの入り口に辿り着く。

何のことはない、これなら、ほんの十分程度に街に戻れるくらいの、至近距離だ。

しかも、何度も人が出入りしていたような痕跡も見受けられ、一見した限りでは、特に危険そうな要素は感じられない。


私は、道中テンノゥズ隊長と会話し、迷宮発見の経緯や、現状判明している遺跡の状況を尋ねたが、彼は「現場担当者ではないので……」と言葉を濁すばかりだ。


これはどうやら、自分で中に入り、状況を確認しない限り、話は進まないと判断する。

これまでの皆の態度から、この遺跡には、何かとてつもない秘密または危険が潜んでいるのだろうことは、想像に難くない。


面白い、それならそれで、私の冒険心も疼くというもの。


これまで、数多くの古代遺跡や廃墟などを巡り、そこに絡んだ諸問題を解決して来た経験を持つ私には、ズミダーガ帝国騎士と共に、Explorer(冒険者)としての意地と覚悟も備わっている。


私は、簡単な打ち合わせの後、テンノゥズ隊長が用意してくれた小型のザックを背負い、早速遺跡への入り口を目指した。

こういうのは、少しでも早く行動を起こした方がいいだろう。

長年の経験が、そう告げている。





遺跡の入り口をくぐり抜け、松明に火を点した私は、絶句した。


「なんだ、これは……?」


予想外に古く、老朽化が進行した危険な建造物。

地下水や地下繁殖植物に浸食された、ジャングルのような洞穴。

もはや原型すら留めないほどに破壊され尽くした、廃墟。


――そのどれでもない。


私の視野に広がったのは、真新しい建造物の内装だった。

否、新しいなどというレベルではない。

壁に施された装飾の模様は、明らかにごく最近掘られたもので、削り跡も生々しく残っている。

石畳も真新しく、古い遺跡によく見られる、合わせ目から生える雑草や藻、得体の知れない黒いゴミのような物などが、全く見られない。

そして何より、遺跡全体から漂う、新興建築物特有の匂いがする。


これのどこが遺跡なのか?

この国の人間は、遺跡の意味がわかっているのか?


入り口周辺をしばし彷徨いながら、私は一つの考えに辿り着く。

もしかしたらここは、何か曰くのある場所で、何かの工事中にトラブルが多発、その原因究明を求めていたのではないか?

それなら、尋ねた者達が、ここについての詳細を語りたがらなかったのも頷ける。


そう分析……否、無理矢理納得した私は、気を取り直して、更に奥へ向かうことにした。







遺跡というより、もはや完全に「地下迷宮」と呼べるこの施設は、私の想像を超える規模の広さを誇っていた。

恐らく、これほどまでに広いフロアを持つ地下建造物は、初めてだろう。

しかし何のために、アラガランズはこんな大規模なものを建築しているのか?


しばらく後、更に下へ続く階段を発見した。


探索を開始してから約6時間。

かなり深いところまで潜り込んでみたものの、特に変わったものもなければ、危険事態も起きていない。


私は、一旦外に出て状況の再確認を行おうと、再び入り口を目指した。



――異常事態は、そこで起きた。



「?! どうしたことだ?!」


入り口に設置されている両開きの扉が、全く動かない。

鍵をかけられた? いや、この扉に鍵がないことは、入る直前に目視確認済みだ。

ならば、何かとてつもなく重い物で、扉を押さえつけているのか?

私は、大声で叫びながら、扉を強く何度も叩いた。

しかし、誰かが声をかけることも、助けが来る気配も、まるでない。

小一時間ほど助けを求めたところで、私はがっくりと、その場に座り込んだ。


カ(どういうことだ?! 何故閉じ込められた?

 テンノゥズ隊長? しかし、ならば何故こんな事を?!)


或いは、この地下迷宮遺跡が新しいと思えたのは間違いで、実は古代の邪悪な魔法が力を発揮するような、おぞましい場所だったのだろうか?

悪意ある迷宮の住人により、封印の魔法で閉じ込められた可能性も?


もしそうなら、しばらく経てば、異常事態に気付き捜索隊が送られる。


私はそう前向きに考え、今は出来るだけ早く、扉が閉じた理由の究明とその解決に尽力する事に決めた。







――それから、丸一日が経過した。


先の打ち合わせで、24時間以上経過しても私が戻らない場合は、捜索隊が派遣される手はずになっていたが、来る様子は全くない。

適度に入り口付近に戻り、しばし滞在してから探索を再開していたため、捜索隊が来ればすぐに判る筈だったが、入り口が開いた兆しもない。


私は、ひとまず地下一階への階段を下ってみることにした。


地下一階の探索を始めて間もなく、私は衝撃的なものを発見した。


それは、白骨死体。


どこからか迷い込んだのか、血肉はおろか髪の毛すら風化してしまい、僅かなボロ布だけを身に付けた状態で、壁にもたれている。

幸い、四肢は自然に離れているようなので、動き出す様子はなさそうだ。

可能な限り調べてみたが、特段何も所有していない。

また、大きな外傷を受けたような痕跡も、この状態で判る範囲では見受けられない。


それよりも、これが誰の、何時頃の遺体なのかが、気になって仕方ない。

私は、こんな所で発見した遺体の意外性・異様性に戦慄を覚えると共に、ようやく訪れた「変化」に遭遇出来た悦びに、僅かに身を震わせてしまった。

早く外の連中に伝えなければ、という意識は全く湧かないほど、気力が失せかけているのが自覚できる。





――丸二日が経過。

捜索隊はおろか、入り口も相変わらずだ。

扉の前に置いてある小石が、全く動いていない。

食料と水は、あと一日分しかない。

さすがに、私の胸中に焦りと疑惑がうねり出している……





――丸三日経過。

食料と水が、ついに尽きた。

遺跡の探索は、その後発見された地下二階まで全て行ったが、何もない。

そして、固く閉ざされた入り口の扉も、全く変わった様子はない。

無論、入り口を閉じている仕掛けのようなものも、全く発見出来ていない。


携帯用の松明も、最後の一本に火を点した。

……これがなくなったら、もう私に光を得る手段はなくなる。


これなら、せめて一週間分の準備をしてくるのだった……と後悔するが、その場合は入り口付近に基地を設けて、そこに蓄えておく必要がある。

結局、入り口が自由に使えなければ意味がないのだと気付く。


私の胸中に、テンノゥズ隊長をはじめ、キュラガン王や王家関係者全体に対する憎しみの感情が広がっていく。


一体やつらは、何が目的なのだ?

何故、外国からの来賓である私を、このような場所に閉じ込めたままにする!?

むしろ、最優先で救出を行うのが筋というものだろう?!


私が本国に戻らないとなれば、ガマタワー三世陛下も異常を察し、この国に調査団を差し向けるだろう。

だがしかし、私の滞在予定は三週間もある――移動にかかる日数を考えても、最速で二ヶ月以上必要だ。


その頃には餓死はおろか、あの遺体のように、私も白骨化しているだろうな。



最後の松明の火が消えた瞬間、完全な暗闇に閉ざされる。

私は、突然凄まじい恐怖と飢餓感、絶望感に支配され、大声で叫んだ。


何を叫んだのかは、わからない。

とにかく、腹の中に溜まった不満と恐怖と憎悪を吐き出さんとばかりに、力の限り声を上げる。

それが、何かのトラブルを招くきっかけになろうが、もはやどうでも良い。

そうしなければ、自分が闇に飲み込まれ、消滅してしまうような気がしてならなかった。





声も枯れ果て、すっかり疲れ切った頃、突然、右手の方に微かな明かりが灯った。

松明が消える前の確認では、延々と続く長い一本道の回廊だった筈。

にも関わらず、それは唐突に、私の視界に飛び込んできたのだ。


明かりはどうやら、ランタンの光のようだ。

何者かが、ゆっくりとこっちに向かって歩いてくる。


「おや? どうされました?」


闇の中に薄蒼色に照らし出された顔は、年配の痩せた男性の顔だ。

恐らく自分より年長者なのだろうが、少々場違いな、一般町民がまとうような粗末な衣服を着ている。


「君は……誰だ? 何故、こんなところに?」


男は、私に軽く頭を下げると、落ち着いた口調で返す。


「これはこれは騎士殿、初めまして。

 私はシャクジと申します。

 とある事情で、この迷宮内に住んでおります」


「なんと! そなたもここに閉じ込められたのか?」


「左様でございます」


久しぶりに会う人間のせいか、それとも極限状態で出会ったためか、私は思わず、声を上げてシャクジに迫った。


「教えてくれ! この国の奴らは、何を考えているんだ?!

 いや、それ以前に、この遺跡は一体何のためにあるんだ?!

 何故、私たちは、こんな所に閉じ込められる必要があったんだ?!」


「落ち着いてください、騎士殿、騎士殿!」


シャクジは冷静な態度で私をなだめると、別な場所に案内した。

しばらく歩いた所に、今まで未発見だった小さな小部屋と、その中に湧き出している清水を見つけた。


久々に喉の渇きを潤せた私は、ようやくいくらか落ち着きを取り戻せた。

しかし、やはり疑問の回答を得たいという欲求は拭えない。

私は、シャクジに厚く礼を述べた上で、彼の持つ情報の提供を願い出た。


シャクジは私の要望に快く応えてくれた。


「どうか、驚かないで聞いてください。

 この迷宮に閉じ込められたのは、私達だけではありません。

 これまでも何人ものツワモノ達が入れられ、そして朽ちております」


「なんだって?! どうしてそんな?」


「それは、この新造された迷宮に、いずれ大勢の人を呼び込むためです」


「? どういう意味だ? 繋がりが全く理解できぬ」


「この迷宮は、ご覧の通り、まだ造られたばかりのもので、何の曰くも

 なければ、特異な物もありません。

 そのため、王家はこの迷宮に“怪異”をも新造しようと考えました。

 その手始めに、この迷宮内に“魔王”を生み出そうとしています」


「魔王……すまない、益々わからなくなってきた」


「過去、この迷宮に閉じ込められたのは、いずれも様々な技量に長け、

 冒険の経験も豊富な、武勇に通じる方々ばかり。

 騎士殿も、勿論その一人でございましょう。

 王家は、そういった方々を迷宮内に閉じ込め、それでも生き抜いた者を

 “魔王”と定め、今度はそれを討伐する目的で、外部より多くの冒険者

 を集めようと企んだわけでございます」


「つまり、私もその魔王候補?!」


「恐らくではございますが。

 当王家が、騎士殿の仕えられる方に相談し、屈強なる者の派遣を依頼した

 結果、貴方様が選ばれたのではないかと――」


「か、考えられん! そんな、ガマタワー三世陛下が、私を売るなどど……!

 しかも、このような小国に?!」


「しかしどうあれ、現実は現実にございます。

 さぁ騎士殿、どうか、これへ――」


なまじ信じ難い秘密を聞かされた私は、呆然となり、言われるがままにシャクジに付いて行った。


シャクジは、地下三階奥にある隠し倉庫のようなものを指し示し、ここに物資が蓄えられていると教えてくれた。

実際に確認すると、確かに保存食や飲料水、衣料、簡単な薬品類、毛布、各種消耗品などが、手付かずのまま置かれていた。


ご丁寧に小型のランタンや油を入れた樽まであり、至れりつくせりだ。

これをもっと早く見つけていれば、とも思ったが、入り口の隠され方が実に巧妙で、恐らく私一人では発見する事は永遠に不可能だっただろう。


しかしこれで、閉じ込めた者達は、私達を監禁死させるつもりはないことがわかった。

だとすると本当に、シャクジが言ったように、私に魔王役をさせるつもりなのだろうか?


シャクジは非常に理知的でかつ知識も豊富であり、彼と会話することで、私はかろうじて人間性を保つことが出来た。


シャクジによると、遠く離れたとある国では、大規模な地下迷宮が発見され、その探索を目的に世界中から冒険者達が集まっているらしい。

その影響で、それまで田舎の小町に過ぎなかった地域が、今では大都市並の発展を遂げているという。

人の集まる迷宮があれば、街や国に、それだけの収入を与えるものらしい。


なまじ信じられない話ではあるが、シャクジは具体的な地名や事情を加えて述べるため、とても説得力がある。

そして同時に、その話を知ったこの小国が、「迷宮事業」に旨味を覚えたとしても不思議ではない、という理解も備わった。



「騎士殿、これからどうされるおつもりですか?」


「無論、このまま黙って彼らの意図通りにするつもりはない」


「では、地上の者達に、復讐でもなさいますか?」


「復讐、か……」


「確かに、ここに食料の備蓄はございますが、それもやがては尽きましょう。

 そうなると、もはや食料の調達すら不可能なこの場所で、私共は命尽きる時を

 ただ待つのみとなってしまいますぞ」


「ううむ……」


「私達がここで出会えたのも、何かのご縁でございましょう。

 私は、騎士殿の意向に従い、尽力させて頂きます」


「ありがとう、シャクジ。感謝する」


シャクジの言う通り、私の胸中には、アラガランズ小王国と母国・ズミダーガ帝国への憎悪が膨らみ始めていた。



その後、私達は更なる迷宮探索を行った。

依頼を果たすためではない。

さらに別な場所に、我らの生存を補助する物資がないものか、調べることが主目的だった。

しかし、地下四階までくまなく調べたものの、新たな発見は何もない。







――迷宮に入り、もうどれだけの時間が経過しただろう。


一年、二年……否、十年?


遺跡――地下迷宮は、入り口のある一階層を含めて全七階。

結局、三階以外に物資はなく、ただ最下層に大きめの部屋があり、さも魔王専用ルームといった凝った内装が施されているだけだった。


怪物や魔物など、居よう筈もない。

また、この中で散った者達の亡霊が現れることもなかった。


私は、アラガランズの……否、もはや私を閉じ込めた可能性のある者達全てに対し、激しい怒りと憎悪を抱いていた。

このままいけば、地上に居る者全てを根絶やしにしたいと、本気で願ってしまいそうだ。

そう思わされるほどに、暗黒の迷宮は私の心を侵食し、凶暴性を増長させる。


時間の流れすらわからなくなるほどの、暗い絶望感。

それは確かに、正常な者の心と魂を、魔王に変貌させるのだろう。

私は、自分の意識が、徐々に変化しつつあることを自覚し始めていた。



しかし、ある日。

私はとうとう、生きた人間達と遭遇した。



彼らはアラガランズの騎士達で、かつて城内で見かけたことのある鎧と槍を携えていた。

十人程で固まりつつ行動し、やたらびくびくと周囲を警戒しながら接近して来る。


彼らの姿を見た途端、私の体内で、何か熱いものが弾けた。


「ついに来ましたな、早くも、貴方様を討とうと試みる者達が。

 騎士殿、さて、どうされますかな?」


「……」


「彼らは、貴方様をここに閉じ込めた張本人の息がかかった者共。

 最も憎むべき存在でございましょうなぁ」


「うぐ……」


「さあ、その剣を抜き、名乗られませ。

 貴方様が、今や何者であるのかを」


「ぐうぅ……っ!!」


シャクジの言葉に背を押され、私は騎士達の前に躍り出た。


瞬時に、彼らの表情が恐怖で凍りつく。


今の私は、彼らにとってどのような恐ろしい姿に思えているだろう?


「おのれえぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


剣を振り上げ、襲い掛かる私に対し、騎士達は予想外の反応を見せた。


「お、お待ちください! どうか、どうか剣を!!」

「貴方は、カンダガ様でございましょう? ズミダーガ帝国よりお越しの」


「……ぬぅ?!」


「ああ、良かった! 心配しておりました!」

「遅くなってしまい、本当に申し訳ございません!

 私共は、救援部隊にございます!」


「救援……だと? 馬鹿な、何を今更!!」


「お怒りはごもっともでございます!

 ですが、なにとぞ、なにとぞ! 私共の話を聞いてくださいまし!!」


騎士達は、そう言うと床に座り、深々と低頭した。

 

 

 

 

アラガランズ城内警備騎士団を名乗る男達の話は、こうだった。


私が遺跡の扉をくぐった三時間後、突然入り口付近が崩れ、巨大な岩が無数に扉を塞ぐ形になってしまった。

岩はあまりに巨大かつ数が多いため、人力のみでは撤去が叶わず、魔道師達の力を借りて尚、一週間もの時を要してしまったという。


キュラガン王は、入り口の解放報告を受けるや、即座に救援部隊の出動を命じた。

私を救い出すために――


「たった一週間だと!? 馬鹿な、私はもう、何年もこの中で……」


「そんな筈はありません。

 貴方様が我が王にご謁見されたのは、つい一週間前でございます」


「な、何だと?! それでは、魔王計画は何なのだ?」


「まお……? 申し訳ありません、それは一体?」


「おのれ、とぼけるか! おいシャクジ! シャクジ!?」


この期に及んでとぼける騎士達をよそに、私はシャクジを大声で呼んだ。

だが、何故かシャクジは全く現れない。


「貴方様にこの迷宮の探索をお願いしたかったのは、“幽霊”の排除です」


「幽霊……だと?」


騎士の話によると。

この迷宮は、古くよりあった地下遺跡を、アラガランズ小王国が新しく再建・増築したものであった。

しかし、何時からか邪悪な幽霊が現れ、迷宮内に留まる者達にあらぬことを吹き込み、悪意を広めているのだという。


その幽霊の特徴を聞き、頭に浮かんだ姿は――


「シャクジ……おのれ、俺を誑かしたかぁっ!!」


「何はともあれ、ご無事で何よりでした。

 ――さぁ、地上にお戻りください。そして、どうか身体をお癒しください」


「か、かたじけない……」


全ての確証は得られた。

私は、うっかり邪悪な存在に魅入られてしまうところだった。


騎士達の言う通り、扉は今や簡単に開き、その周囲には大小入り混じった岩石の破片が無数に散らばっている。

それにしても、これだけ大きな扉を塞ぐ落石の音に、私は何故気付けなかったのだろうか。

もしかしたらこれも、私の信用を得るために、シャクジと名乗った邪悪な幽霊が行った霊障だったのかもしれない。


私は、遺跡の扉を再見し、無言でその場を去った。

 

 

 

 

 

無事帰還した私は、しばしの休憩時間の後、キュラガン王との謁見の機会を賜った。

ろくに身だしなみも整えられなかったが、それだけ過酷な状況だったことを、知って欲しいという意図が私にはあった。


玉座に座るなり、キュラガン王は、露骨に目つきを変えた。


「――ほぅ、戻った、のか」


「はい、事故こそ起きましたが、陛下より賜りました御命令を遂行すべく――」


「うむ、下がってよい」


「……は?」


「下がってよい、と申したのだ。ご苦労であった」


「え? あ、はぁ……」


とてもつまらなそうな物を見るような目でこちらを一瞥すると、キュラガン王は、不満げな様子で退席する。

謁見は、一分にも満たない僅かな時間で、終了した。


謁見の間の中央で、私はただ、呆然とするしかなかった。

 

 

 

 

 

その後、母国に戻った私は、ガマタワー三世陛下に帰還の報告を行ったものの、そこでも驚かれた。

一週間の就労にしては破格の褒美を貰えはしたものの、それから二度と、陛下より直接依頼を受ける機会はなかった。

否、それどころか、直接のお目通りの機会すら、与えられることはなかった。



私は、考える。

キュラガン王の真意は、本当に幽霊“シャクジ”の撃退だったのか?

シャクジの言っていた「魔王計画」とも呼べるものは、本当に奴の虚言だったのか?


――否、もしかしたら。

シャクジという存在自体、極限状態の私が生み出した幻の……?


しかし、どんなに考えても、もはや私には何の結論も出せなかった。



数年後、帝国主力騎士団を抜けた私は、再びExplorerに身をやつした。

そんな折、ふと、あの小国アラガランズの噂を耳にする機会を得た。



――強大な力を持つ“魔王”が支配する迷宮が、新たに発見された


――魔王を倒した者には、莫大な報奨金が与えられるらしい


――世界各地から、大勢のExplorer達が集結しつつあるようだ



その話を聞いた途端、胸の中に、あの時の感覚が蘇り、激しく渦を巻く。

もう忘れかけていた、あのどす黒い、身を焦がす程の激情が、止め処なく溢れてくる。


私は剣を掴むと、その足で即座に、アラガランズ小王国へと向かう事にした。



その目的は、当然――




魔王計画 ~Tokio de tipa rivero~  完

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