一 「西園寺の家と、庭園と、平穏と。」

折柄、一条。

幼き頬を撫ぜた。

其、未だ、寒気を孕む。

だが、程なく訪れる春の匂いも、嗅ぎ分けさせ…。


それから「六」は、一欠伸した。


「六蔵」。


西園寺家、式神。


…見習い…。乙型。序列 六位…。


通称「六」は、


「一羽…、二羽、三…、四羽…五羽…。」


現在、幼年の身に唯一命ぜられた「平時任務・庭掃除」を放棄し、


「一…、二羽…、三羽、四……五羽…。」


縁側にて、脚をバタつかせ、庭先に飛来した雀を、指差し数えている。


「…やっぱり…。昨日より、一羽…。」


六。

それは異端だ。


実際、世の境界に立つ「西園寺」の者が、小鳥一羽の生き死にに関心を向けるなど物笑いの種に違いなかった。


「西園寺」。

百と五十の年月「退魔」を生業とする一族が一角。

そして、それら束ねし、宗家。


人は云う。


「始祖 小角とは、人を模した悪鬼。」

「死肉を漁り生き永らえる忌まわしき呪術の血族」


…聊か、過ぎたる悪言…。


だが、捨て置け。


謗りならば、嘲りならば、喜んで承る。

それも又、「西園寺」。

才無き。歯牙無き人の卑小な遠吠えならば、むしろ我ら、糧とせん。

それが西園寺の家風。気位。也。


しかし…、今回ばかりは例外としたい。


事は、幼き心の趨勢の件なのだ。


日常の中に不意に顔をもたげる別離の発露だとしていい。


確かに、惜しむ間もない程、小さい…。

しかし、誰しもに覚えある感覚。

いつ間にか失いつつある…。


ならば、今は、それが幼年の心に何を去来させるか、介添えてやるのが器量ではないか。


例え、それが六自身にとって、明日には、どうでもよくなることだとしても…。

それこそが…、


「こぉらっ!!六蔵っっつ!!!!」


…最中の雷撃…。(但し、音波以外の物理衝撃を伴わない。)


「郷愁」を破ったのが、上空からの「強襲」であったのは、まるで皮肉だった。


「双姉(ねぇ)!!」


先だっての「風」は、あるいは、彼女の為に吹いていたか。


季節花の香りを纏い。

瞳の翡翠は決して誰にも触れられぬ。 

何より、肩までの艶やかな黒髪は、その美麗を象徴し、又、主張させていた。

その中に、もう一点光る、手製の南天の金指が、何も彼女自身の可憐さを過度に演出したものでもない。


「双葉」。

西園寺家、甲型式神。序列 二位。



双葉…。


「彼の道」を知る者なら、凡そ、式神には似つかわしくない華美な名に感じるだろう。


事実、主は、彼女を「二番」あるいは「双(ふた)」と呼称していたし、

無論、双葉自身も「式神」という分から、その事を甘受はしていた。


だが、彼女の心底が、その事実に僅か相反していることを、少なくとも「西園寺」者は、承知している。


甲型…。つまり、人に当て嵌めるなら、女性。


高い自己同一性。確立された自意識。


無条件の隷属などする由もない。

本心では、自身を。周囲を。単なる型番で、

呼称されていたくはない。


そうして、その双葉あればこそ、西園寺家の式神達は、もうひとつの「名」を得ることとなった。


それは、一重に、双葉なりの健気な自己主張に、他ならなかったし、

故に、主も、それを認可し、咎めもしなかった。


「本当に困った子…。でも、六蔵ばかりを怒ってられないよ…。結局、市さんが、甘いから…。」


時に、他者を叱責する「苦さ」を知ることは、「強さ」と同義に違いない。

まして、日常の生活態度が、「本業」での成果つながるという哲学を持つ、双葉が、それを躊躇う筈がなかった。


「双ねぇ…参文さん、まだ帰ってこないのかなぁ…。おなか、すいた。」


…もっとも、六に、その信念が伝わるのは、まだ先の話の様だが…。


「知らないよ!!『お館様』にでも聞いてきたら?どーーせ、叱られるだけだけどねー。」


双葉は舌を、僅か出し、『あっかんべー』の構え…。


「ちぇーっ…。」


ゴゴッうっ、


地が轟いたのは、六蔵が、頬を膨らませ「明後日」の方角へ顔を背けた直後だった。


「おぉい…!!ふたりともぉ…うるせーーぞ…。」


貴方が、西園寺家を訪れるなら、時折、庭石が鳴動する程度のことで、動じるべきではないだろう。


「五兵衛」。

西園寺家、乙型式神。序列 五位。


石巌にて全面武装されし、其の巨躯は「頑強」にして「堅牢」。

戦場(いくさば)において、五兵衛は、主の「矛」であり「盾」たる存在。


確かに、先天の硬質の悲哀か、智と知覚こそ鋭敏とは言えぬが、その勇猛と猪突は、それらを補い、万敵を屠るに余り有り…。


「五兵衛さん!!聞いてよ!!今日、雀が一羽、来なかったんだよ!?」


六の、無邪気の言に他意がある筈がない。


「あ…あんだって……!?お…おら、知らねぇぞ!!!いくら寝惚けてたって、自分の『くった』ものくらい、ちゃーんと、覚えてるんだからなッ!!!」


それ故に、五兵衛の狼狽えは、滑稽だった。


「へっ…??」

「えっ…??」

「んあっ??」


六からではなく…。双葉からでもなく…。まして、五兵衛からでもない。


見つめ合い、『三体』は笑った。心底から。


全てが穏やかだった。


東風と南風の合力に、宥められた海面の様に。


こんな平穏が、世に「広く」、「長く」、「強く」染み渡れば、西園寺は、きっと廃業するだろう。 


だが、

宵闇は来る。

避けられぬ別れも。

頼まずとも。

望まずとも。


ならば、後は、今一歩、歩み出で「断つ」のみだ。

贖罪と断罪の因果を帯びた一剣で。


例え、それが、人のままには過ごせぬ修羅道への墜落だとしても…。

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