第2話
感じる。あの光が今夜現れている。
私は家を飛び出し、空き地へと向かった。案の定、そこにはあの虹色の光があった。
私は手を伸ばし、それに触れてみる。
さぁ、今日は一体、どんな「顔」を見せてくれるのかしら。
触れたその先から別の景色が広がった。
この「顔」の空は紫色をしていた。少し濃いめの紫色。
地面は、時間が経った血液のような赤と黒が混じったような色をしており、所々に廃ビルのような無数の穴の開いた建築物と思わしきものがあった。
しかしながらその他には木も草も何もなく、ひどく殺風景だった。さらにその建築物と思わしきものも、時々脈を打つように蠢いていて、そのことがあれは私の知っているようなものではないのだということが分かった。
足元にも違和感を覚えた。一歩踏み出してみると、足が少しめり込み、何というか、ぶよぶよとした不愉快な感触が足の裏から伝わってきた。
また、うっすらと何か変な匂いがすることに気が付いた。決していい匀いではない。温泉で嗅いだような、硫黄のような感じの匂い。
私がこの「顔」の異様な雰囲気に戸惑っていると、蠢く建築物の無数の穴から何か黒いものが次々に出てきた。私が戸惑っている間に、それらの数はどんどん増えていった。
人の形をしている。けれども顔と思われる部分には目や鼻、口は見当たらず、ただただ真っ黒だった。テレビなどで見る、放送出来ないものを隠しているような純粋な黒。
そのうち、その中の一つが私に近づいてきた。顔と思われる部分を限りなく近づけ、私は緊張からか、その場から動けなくなってしまった。
目と思わしきものは見当たらないはずなのに、なぜか私を観察しているのだということが分かった。きっと、別の「顔」からの客が珍しいのだろう。
しばらくの間それは何もせず、ただじーっと私の顔を見ていたが、やがてぐちゅぐちゅと何か不愉快な音を発し始めた。どこからどうやって鳴らしているのかは分からない。
なにか、口の中に液体を含んでしきりにそれを動かしているかのような音。
そしてそれにつられるかのように、周りにいる別のそれらも同じ音を発しだした。
ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ
その不愉快な音は絶え間なく私の鼓膜を刺激し続けた。気が狂いそうになり、私は思わず耳を塞いだ。そしてその時、私の脳内で警鐘が鳴った。
あれに関わったらまずい。逃げなくては。
私は全力で走り出した。逃げ切れる保証はない。それでも、私に選択肢はなかった。黒いそれらを避けながら、私はがむしゃらに走った。
そうしてしばらく走り続けてると、黒いあれも、蠢く建物もない赤黒い地面がただひたすら続く何もない場所に出た。
後ろを振り返ってみても同じ光景が続いているだけだった。
(逃げ切れた…のかな?)
少しだけ安心した私は、目を瞑り息を整えた。
目を開けた時には、そこに広がっていたのは見慣れた光景だった。いつも、あの虹色の光が現れるあの空き地。
いつもそうなのだ。別の顔でどれだけの距離を移動しても、ふとした時に必ずこの場所へと連れ戻されるのだ。
胸に手を当ててみる。心臓はまだバクバクと音を立てながら脈打っている。また、全身に汗をかいていて来ていた服はべったりと体に張り付いてひどく不愉快だった。そしてこれらのことが、やはりさっき起こったことは悪夢ではないのだということを私に実感させた。
家に戻った私はシャワーを浴び、精神的、身体的な疲労からベッドに入るとすぐに深い眠りについた。
別の「顔」は必ずしも美しいとは限らない。「顔」の住人は必ずしも優しいとは限らない。それはきっと、私のような人間が機嫌一つで優しくなったり、怒りっぽくなったりするのと同じように、この世界も機嫌の一つ二つで変わっていくということなのだろうか。
あの「顔」を訪れてから、大体一月後くらいのこと。
その日、私は部屋でテレビを見ていた。お昼のニュースで、どこかの国の偉い人がプライベートジェットでバカンスに行くとかいうものだった。
他に報道することがないのかなぁと思いながらぼーっと画面を見ていたその時、
「え?」
私は思わず声をあげてしまった。
最初、私は何か放送出来ないものが映り込んでしまい修正が入ったのかと思った。
しかし違った。「本来映り込むはずがない」ということに関しては同じなのではあろうが。
ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ
画面越しからでも、それが発するあの不愉快な音が聞こえてきて、私の全身から汗が滝のように吹き出した。
テレビの画面を見てみても、それに気が付ている人はだれ一人いなかったようだった。
そして、そのお偉いさんと一緒に黒いあれがジェットに入り込んだところでそのニュースは終了した。
そのプライベートジェットが墜落したというニュースが入ってきたのはその日の夜のことだった。
きっとあれは、私の住む「顔」に災いをもたらすもの。
天災、人災に関わらず、それらをもたらし、無に帰すもの。
ミッドナイト・レインボウ 黒弐 仁 @Clonidine
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