第6話 死ねばよかったのに
田舎に住んでいると、自動車は日常生活に欠かせない代物だ。通勤だけでなく、子供の送り迎え、ちょっとした買い物にも利用する。徒歩圏内に複数のコンビニが存在するような都会では考えられないだろうけど、コンビニへ行くのにも自動車が必要になってくる。
僕の住む町も、役場の有線放送で、山から下りてくるクマやイノシシの警報を流すくらいの田舎だ。その代わり、休みの日や平日の夜にも、交通量の少ない山道をドライブで楽しむことが出来る。
その日も、暇を持て余していた僕は、夜の山道を一人車を走らせていた。県境を越え、郊外型の書店やチェーンのファミレスで時間を潰した帰り道。
お腹もくちくなり、少しばかり瞼が重くなっていた。自動販売機でもあれば缶コーヒーでも買って一息つきたいところだけれど、あいにく休憩所など存在しない。右手は岩肌、左手は切り立った崖になっている。
狭い道なので、停車する路肩もない。あと20分程走ればコンビニがある。
閉じたがる瞼と戦いながら運転を続けていると、ふと何か違和感を覚えた。
ルームミラーに何か映っている。
後続車ではなく、僕の車の後部座席。
知らない女性が、垂らした黒髪の間から僕を覗き込んでいる。
驚いて反射的にブレーキを踏みこんだ。
いつの間にか下りに入っていたせいで、思った以上に速度が出ている。
目の前に、ガードレールの白がどんどん迫ってくる。
深夜の山間にブレーキ音を響かせ、僕の車は際どい所で停車した。
擦るほど近くにある歪んだガードレールに、ヘッドライトの光が反射している。
しばらく呆然としていた僕は、ハザードランプを付けると、念のため車を降り、フロントバンパーを確認した。
ガードレールとの隙間は5cmもない。その先には底も見えない崖が、黒々と口を開けている。
安心すると同時に、膝の力が抜け、どっと冷や汗が流れた。
ガードレールの支柱には花束と缶の清涼飲料水が供えられている。
危なく後を追うところだったんだ。
そういえば、後部座席に現れた見知らぬ女性の口元は、何かを伝えるように動いていた。
きっと居眠り運転で事故を起こしかけていた僕に、危険を伝えていてくれたのだろう。
目を閉じ、花束に手を合わせる僕の耳元で、女の微かな囁きが響いた。
「……死ねばよかったのに」
愕然とし見開いた僕の目に、ガードレールに掛かる血塗れの男の手が映る。
「ヒッ!?」
「カズマです!! フオォォ~~アッ!!」
カズマと名乗る男は、腕の力だけで身体を持ち上げ、器械体操でもするようにガードレールを飛び越え、ポーズを決めた。
片方だけレンズの残った、濃い色のサングラスの位置を直すと、ズタボロのジャケットの胸ポケットから櫛を取り出し、木の葉や小枝の刺さる乱れた頭髪を、リーゼントに整えようとしている。
……男? 僕に呪いの言葉を囁いたのは、女じゃなかったか?
「オウベイベー……。今度は是非俺のリアシート、いや、助手席でその囁きを聞かせて欲しいな」
「……フ、フン。あなたが車買えたら……考えてあげてもいいわ、よ……」
同じ言葉が聞こえたのだろう。カズマは首を振りながら、僕に苦笑してみせた。
「おっと坊や。居眠り運転は厳禁だぜ? シーユー!」
ジャケットのポケットから、ベコベコに凹んだ缶コーヒーを取り出し僕に手渡すと、カズマは軽く手を挙げ真っ暗な山道を歩み去った。
「……誰? ……っていうか、大丈夫なのかな……?」
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