第4話 寺育ちのTさん
友人Aがバイクで事故を起こした。
幸い足の骨折だけで済んだが、2か月はギプスの世話になるらしい。
暇な悪友たちとつるんで見舞いに行き、マジックでギプスに励ましとからかいの文字を書き込んでいると、Aは
「赤いワンピースの女に見惚れちまってな……」
と白状した。
聞けば事故の現場は見通しの良い直線で、当日は路面の状態も悪くなかった。
「完全に自業自得じゃねーか!」
皆に突っ込まれて、Aはバツの悪そうな笑みを浮かべていた。
Aの容態が急変し、そのまま息を引き取ったと知らされたのは、翌日のことだった。
診察で見過ごされていた、頭部の打撲が悪化したものらしい。
Aの葬儀からひと月と経たず、同じ場所で自動車事故が起こった。
電柱に突っ込んでの単独事故で、ドライバーは即死だった。
気になって調べてみると、Aの事故の数か月前にも、同じ場所で女性が轢き逃げされ、命を落とす事件が発生している。犯人は未だ見付かっていないらしい。
呪いの直線道路。
なんとなくそんなフレーズが頭に浮かんだ。
俺もバイトの行き帰り、遅い時間に車でよく走る道だ。これからは、避けたほうが良いのかもしれない。
その日は、バイトの先輩Tさんと一緒だった。
帰る方向が同じなので、シフトが重なるときは、乗せる代わりに飯を奢って貰う。そんな関係だった。
「おい、道が違うんじゃないか?」
例の場所を避けようと、一つ早く角を曲がった俺に、Tさんは訝し気な顔を向けた。
Tさんは実家が寺で、霊感が強いという。今までは飲みの場での与太話だと思って流していたが、俺は試しに呪いの直線道路の話を振ってみた。
「ふーん。何かあるのかもしれんが、行ってみようや?」
Tさんに促され、俺は車を引き返し、例の通りへ向かう。
「何かあったら頼みますよ……」
俺の言葉に、銜えタバコで人の悪そうな笑みを浮かべるTさん。
本当に大丈夫なのかと、少し緊張しながら車を走らせていると、ヘッドライトが歩道を歩く赤いワンピースの女を照らし出した。
こんな時間に、女一人で――
「Tさん、あの女です!」
Aの話を思い出し、急ブレーキを掛ける。
Tさんは窓から身を乗り出し、タバコを指ではじき飛ばしながら叫んだ。
「違う、死神はあっちだ!!」
反対側の歩道には白いワンピースの女の姿。対向車線を向かって来るトラックにふらふらと近づいている。
慌てて避けようとするトラックの運転手がハンドル操作を誤れば、赤いワンピースの女か、反対車線の俺達の車に突っ込んでくる!
何かを掴む形で指を曲げるTさんの両掌の間に、青白い光弾が生まれる。
Tさんは裂帛の気合と共に、白いワンピースの女に向け腕を突き出した!!
「破ァ――――――――――ッ!!」
「ウォンチュウ!! カズマですッ!!」
歩道を走ってきたリーゼントに濃いサングラスの男が、白いワンピースの女を抱き寄せると、拳でTさんの光弾を弾き返した。
「なッ!? がフッ!!」
「Tさん!!?」
自らの光弾を受け失神するTさん。
トラックは急ブレーキの跡を残し停車し、赤いワンピースの女は驚いて固まっている。
「ファッフゥ~ッ! ご指名ありがとうございます!! カズマです! 怪我はないかい、レイディ?」
「え? あ……う……その……」
「おイタはほどほどになベイベー。遊びたいなら、いつでも俺を呼んでくれ」
男はバリトンボイスで囁きながら、ジャケットの胸ポケットから取り出した名刺を、白いワンピースの女に押し付ける。
俺達の乗る車とトラックとをせわしなく見比べていた白いワンピースの女は、ごにょごにょと不明瞭な呟きを残して、カズマの腕の中から消えた。
唖然とする俺と目が合うと、カズマはやれやれとでも言いたそうな表情で肩をすくめ、胸ポケットから取り出した櫛で、髪の乱れを直しながら歩み寄ってきた。
「あ……あの……誰?」
「カズマです! オ~~ゥフ。寺育ちだか何だか知らないが、女の扱いをまるで知らない坊やだぜ」
60年台のロックスターのような濃い顔立ちに苦笑を浮かべたカズマは、Tさんの脈を確認しぽんぽんと頭を叩くと、路上から拾い上げたタバコを指で揉み消し、Tさんのシャツの胸ポケットに収めた。
「モクを覚える前に、お片付けを覚えるんだな、坊や」
口元を歪め男臭く微笑むと、カズマは背を向け、揚げた右手で別れの挨拶を残し、その場を後にした。
寺育ち……いや、ジゴロ半端ねー。
俺はその時初めてそう思った。
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