第16話 釈明
月曜日。
案の定というべきか。午前中の授業は頭に入らなかった。明後日から期末テストだというのに、こんな状態では不安な教科で最悪赤点を取ってしまう。
俺は自分の机に寝そべって昼食時間を持て余していた。食欲も湧かない。
それもこれも昨日の夏祭りのせいだ。
花火が打ち上げられる中、空井野たちの間に繰り広げられた口論。今でもはっきり思い出せる、れいなの言動。荒ぶる感情のまま吐き出された衝撃的な言葉の数々。
脅迫や同罪という言葉だけだったのならば、まだ他の解釈ができた。空井野の言い訳どおり、本当にただ過去にいざこざがあって怒りに任せてつい過剰な発言になっただけかもしれない。
しかし彼女の口から続いたあの言葉。
〝アタシは殺してない〟。
その直球的すぎる言葉の意味することは一つしかない。
彼女達の過去の出来事には死人が出たということ。前の二つの単語を結びつけると事件性を匂わせる。
そして俺は知っている。空井野が関与していると思われる、死亡者が出た事件を。その事と今回の騒動が同じものだとはまだ限らないが、無関係であるとも考えがたい。
空井野は赤久真琴の件を故意に隠している。それはアカリがいうように、俺たちに無用な心配をかけさせないためだと信じたかった。しかし今回の件でその可能性は揺らぎはじめた。
頭の痛いところだ。手紙の謎を解いたところで、はたして誰かのためになるのか。匙を投げたいわけではないが、探求すればするほど戻れなくなってしまいそうで不安が募る。現実にはコンティニューなんて便利な機能はない。一度できてしまった溝を修復するのは難しい……。
「難しい顔して、どうしたのまーくん?」
気がつけばアカリがそばにいた。手にはウサギのキャラクターがプリントされた弁当入れが握られている。どうやら昼食しに来たようだ。
「いや眠いだけだよ。昨日あんまり寝てなくてな。空井野は?」
「夜更かしはだめだよ~。うーちゃんは委員会。ハルちゃんは?」
「あそこ」
俺は窓越しのグラウンドを指差した。
グラウンドでは複数人の男子生徒がサッカーをしている。その中に混じった金髪頭が目立つ。このクソ暑い中よくやるものだ。部活代わりのストレス発散の場としているのだろう。
アカリは「さすがハルちゃん、元気だね~。体力があって羨ましいよ」とどこか年寄りじみたことを言いながら、弁当をすこし掲げて『ここで食べていい?』という合図を示す。
頷くと、アカリは向かい側に座った。袋から弁当箱を取り出しながら言う。
「それよりも昨日はびっくりしたよー。まーくんも夏祭りに来てたんだね。ハルちゃんが真昼にドタキャンされたーって言ってたから、なにか用事で来れなくなったのかなって思ったよ」
そして弁当のふたを開ける手前で手を止めた。
「そ、それと、うーちゃんとあんな関係になってるなんて知らなかったから、ちょっとびっくりしちゃった」
目のやり場に困ったように俺から視線を逸らして手元ばかりをみる。
脳裏に空井野とイチャついているように見える自分の姿がフラッシュバックし、羞恥で心を掻き乱される。あれは一生の不覚だった。まさかあの場面で二人に出くわすとは思ってもみなかった。あの時ほど運命を呪ったことはない。
どうやらアカリも勘違いしたままらしい。朝一番で晴希に弁明したのだが、あいつは俺の言うことを信じてくれなく、ずっとニヤニヤとした顔で茶化してくる。腹立たしいことこの上ない。
せめてアカリには真実を知っていてほしい。へんに戸惑うとまた曲解しそうなので、つとめて冷静に言った。
「あれは誤解だ。俺と空井野の間にそんな感情は微塵もない。ほら、あいつ人をからかう癖があるだろ。昨日のはそれだ」
おかげで彼女の浴衣姿を見逃してしまった。本当にふざけるなと言いたい。
アカリは首をかしげる。
「え、そうなの? わたしはからかわれたことなんて一度もないけど」
やはり俺に対してだけなのか。なにか嫌われることをした覚えはないのだが。
「とにかく、俺と空井野にはこれっぽっちも恋愛感情なんてない」と話を強引に締めて(下手に続けるとまた誤解を生みそうなので)俺は気にかかっていたことを訊いた。
「それで訊きたいんだけど、空井野の様子に変わったことはなかったか?」
俺の釈明を信じてくれたのか、アカリはようやく弁当に手をつけはじめた。
「変わった様子? う~ん、うーちゃんはいつもどおりだったけど。夏祭りで体験したことを楽しそうに話してくれたりしたよ」
聞くかぎり、さすがに友達との件については触れていなかったらしい。
「うーちゃんと昨日なにかあったの?」
「いや。なにもないならいいんだ」
あのことはまだアカリに伝えるべきではないだろう。手紙の件について関係があるかはっきりしていない以上、他人の交友関係を漏らすのはプライバシーの侵害だ。
「もしかして、手紙の事でなにか分かったとか?」
「そうだったら良かったんだけどな。変わらず状況に進展はなし」
そう言うと、アカリはがっかりしたように「そっか……」と箸を置いてつぶやく。彼女のほうにも新たな発見はないようだ。
赤久真琴の情報が入らない今、べつの角度から探っていくしかないか。
俺は訊ねた。
「空井野と同じ中学だった生徒を知らないか?」
「んーと、わたしの友達にはいないかな。どうして?」
「空井野のことを調べれば、赤久真琴の情報につながるかもしれないだろ」
嘘だ。本当に知りたいのは空井野卯月の過去。あの口論の真相が気になる。中学時代の彼女を知れば何かわかるかもしれない。
「それならうーちゃんに直接きけばいいんじゃないかな?」
「俺が聞きたいのは客観的な空井野だ。自分で自分のことを話すのは躊躇われるしな。それに怪しまれて手紙の謎を追っているのがバレても厄介だろ」
「なるほど、わかった。探してみるね。見つけたときはどうしよ、わたしが訊いておこうか?」
「できれば直接話したいから、放課後、部室に来てもらえないか訊いてみてくれ」
アカリは口に含んだ卵焼きを飲み込んでから「りょうかいっ」と冗談めかしく敬礼した。
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