第9話 手紙の謎
飲み物は後回しにして、ふたたびテーブルを囲んで座る。
「相馬さんが言ったとおり、これは同い年の男の子から貰ったものなんですけど……その、内容がラブレターというにはあまりにも謎めいたもので……」
対面に座っていたからだろうか、空井野は俺に手紙を寄越す。
受け取り、中の紙を取り出して広げてみた。
手紙というぐらいだから何行にも亘って書かれているだろうと思っていたのだが、ほぼ空白で、真ん中に綺麗な字体でこう書かれていた。
『ぼくは。素の嘘つきが嫌い』
なるほど、空井野が他人に見せたくない理由が分かった気がした。この手紙は彼女に宛てられたものだ。この文面では彼女が嘘つきであると誤解を招かないとも限らない。
「この手紙をもらった男の子に嘘をついた心当たりはないのか?」
単純に考えれば文面通りの話だ。空井野は男の子に嘘をついた。それで男の子が気に食わなくて手紙を送った。……だが、その程度の話であればそもそも謎になっていないか。
案の定、空井野は「はい、ありません」ときっぱり頷いた。
「この手紙は、いつ、どこで貰ったものなの?」
「この手紙をもらった時に、その男の子はどんな様子だったんだ?」
アカリと晴希の続けざまの質問に、空井野は困ったように苦笑い。
「ああえーと……このままだと質問攻めになりそうなので、先に手紙をもらった経緯を簡単にお話ししますね」
たしかに質問形式で話していたらキリがない。
「まずその男の子のことですが、名前はわかりません」
意外なことに、俺は思わず質問してしまう。
「名前がわからない? 文通だけでの交流だったのか?」
「いえ、手紙をもらったのはこの一回だけで顔も合わせていますよ。ただお互いに名乗っていないだけで」
同い年というからてっきり同級生だとばかり思っていたのだが、どうも違うらしい。
「その男の子とは、去年の夏に家の近所にある公園で偶然に知り合ったんです。学校帰りにたびたび会うようになって次第に打ち解けました」
空井野は過去を思い出すように目線を上に向ける。
「彼とは顔を合わせるたびに色々な話をしましたが、彼はあまり自分のことを話したがらない人でした。彼も学校帰りに公園に寄っていたようで、いつも制服姿で、それから沖ノ浜中学校の三年生であることだけは分かったんですけど」
沖ノ浜中は隣町の、つまりここからほど近い場所にある学校だ。俺も中学の頃、部活の試合などで訪れたことがある。一昨年ぐらいに校舎改装が行われたとあって薄汚れた箇所がない綺麗な学校だった。
「そして手紙をもらったのは彼と出会って二ヶ月が経った頃でした。夏休みに入って一週間が経った日に手紙を渡されたんです」
「その時に手紙の内容について訊ねなかったのか?」
「それはその……家に帰って見るようにと言われたので。その日を境に彼には一度も会っていません」
そうして手紙をもらった経緯を話し終えた。
たしかに今の話を聞けば謎としか言いようがない。
おそらく転校などの何かしらの理由で会えなくなるから手紙を送ったのだろうが、別れ際の言葉としてあの文は不適切だ。話を聞くかぎりではその男子生徒に変わった雰囲気はなかったみたいだし……う~む、謎だ。
これでは二日前アカリが話した『不出来な人形の行方』の謎と同じではないか。不確定要素が多すぎる。いくら俺たちが頭を悩ませたところで解決できないように思う。
後ろめたいことがないなら直接本人に聞いたほうが確実で手っ取り早いのではないだろうか。俺たちの高校に元沖ノ浜中の生徒が何人かはいるだろう。その人たちに聞けば名前や電話番号を特定することは可能だし、転校だった場合、住所だって聞けるかもしれない。
その方法を提案したところ、空井野の返答は意外なものだった。
「そうしたいのは山々ですが……もう意味を訊ねたくても訊ねることはできませんから……」
「…………」
訊ねたくても訊ねられない、か。どうやら思っていた以上に深刻な問題のようだ。
「あー、たしかにこの文だったら、また会えたとしても訊くのは躊躇うよな。そんなに気落ちすんなって空井野さん。べつに空井野さんのことが嫌いで送った手紙じゃないとオレは思うぜ」
晴希は俺とはべつの意味に受け取ったようで、励ましのほうに力を注いでいる。謎を解くことは諦めたらしい。まぁこいつは運動専門だから、頭を使うことで端から当てにはしていないが。
謎解きに消極的な俺や晴希とは裏腹に、アカリは真剣に手紙とにらめっこしている。俺はやる気満々の彼女をみて内心辟易した。
友達のためとなると、問題を解決するまでアカリは絶対に歩みを止めない。そこに探究心や好奇心はなく、損得勘定も一切ない。ただ友達を助けたいという正義感だけで動いている。
まったく、俺はいつも振り回されてばかりだ。
それぞれ思考に耽ってしばし無言が続き、やがて空井野が沈黙を破った。
「すみません皆さん。私のためを思って考えてくれて…………相談しておいてなんですがもう一年前の話ですし、私情でテスト勉強をつぶしてしまうわけにもいきませんから、この話はここまでにしましょう。悩みを聞いてくれてありがとうございました」
釈然としない気持ちもあるが、本人がそう言うのならば仕方ない。
空井野に倣ってテーブルに開かれたままの参考書とノートに向きあう中、アカリ一人だけはなおも手紙に視線を向けつづけていた。
***
時刻が六時になった頃、お暇することになった。
空井野と玄関で別れ、三人で駅のほうへ向かう。
炎天下だった昼間よりかは気温も下がり、暑くも寒くもない丁度いいぐらいの夕暮れ時だ。夕立を匂わせるような冷たい風にのって、どこからともなくひぐらしの哀愁漂う鳴き声が聞こえてくる。
空井野の家から出た当初は三人横並びで帰っていたのだが、今は俺と晴希が前にでて……というよりもアカリが遅れ気味だ。石蹴りをする子供のように俯いたまま歩いている。
俺はわざとその場に立ち止まる。数秒後、俺の背中にぽすっとアカリがぶつかった。
「前を向いて歩かないとあぶないぞ。……まだ考えてたのか? 手紙の謎」
無意識だったらしく、アカリは少し狼狽えながらも頷いた。
「え、あ、うん。だってうーちゃん、あんなに困ってた様子だったから……」
俺は歩みを再開させる。
「それで。なにか分かったのか?」
「進展なしです……」
アカリは嘆息をつく。予想していたとおりだ。謎を解くには圧倒的に情報が足りない。
「お前がそこまで気落ちすることはないって。空井野も過去の事だって割り切ってるみたいだし。そもそも誰かさんが不躾に人様の物を手にとったせいだし」
「お、オレのせいかよ!」
「当たり前だ。お前が余計なことをしなければ変な空気にならずに済んだ。お前はもうちょっと礼節をまな……どうしたアカリ?」
歩いていると、不意にアカリが俺と晴希の服を後ろから引っ張ってきた。
「ねぇ二人とも、うーちゃんが言ってた公園ってここのことかな?」
彼女が指し示したのは、すぐ真横の、たった今通り過ぎようとしていた場所だった。
「ここは公園なのか?」
晴希の疑問に俺も同意だった。
たしかにジャングルジムや滑り台などの遊具はあるが、どれも塗装が剥がれたり長年の雨風で錆びついていたりと見るも無残な状態だ。園内を囲む草木は自然の力をまざまざと感じさせるほど伸び放題の荒れ放題で、近くにある鉄棒には蔓が絡みついていた。
そのうえ人気はない。とても公園という綺麗で賑やかなイメージとかけ離れている。これでは空き地と言ったほうが正しい。それとも去年までは公園と呼べる雰囲気だったのか。しかし、たった一年でここまで風化するものなのか。
唖然とする俺の隣で、アカリはじぃーっと公園のほうを見据え、「ここでうーちゃんは手紙をもらった……」などと探偵のごとく呟いている。
その様子をみるかぎり、やはり諦めるという選択肢はないようだ。そうなれば必然的に俺も協力するしかなくなる。それが彼女との約束だから。
であれば、期末テストも近いことだし、猪突猛進なアカリが謎に向きあいすぎて勉強を疎かにしないように、早くこの謎を解決するしかない。
俺は今日の出来事を頭の中で反芻した。主に彼女の様子を。
この謎を解くにはまず情報を集める必要がある。しかし空井野に訊いても詳しいことは話してくれないだろう。
空井野はなにかを隠している。
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