第3話 手伝い

 放課後。


 部室に向かうため廊下を歩いていると、部室の方向からアカリがやってきた。


「あ、まーくん、いたいた」


 何やら俺を探していたみたいだ。アカリの隣には友達と思われる女子生徒がいる。腰まで垂らしたつややかなロングの黒髪が、窓から入る夕日に照らされて輝いて見えた。


「どうしたんだ?」

「今日、部活に行けないからそれを伝えようと思って」

「ああ、なんだそんな事か」


 どうせ大それた活動内容なんてないんだし、律儀に報告しなくてもいいのに。

 

 俺たちの部活――盤上ばんじょう遊戯部ゆうぎぶは、アカリが発起人となり、中学の頃の馴染み(俺、アカリ、晴希)で立ち上げた部だ。


 といっても、この部にこれといった目的はない。なんとなく集まり、なんとなく盤上遊戯をする、非常にいいかげんな部だ。本来であれば学校側や生徒会から何らかのお咎めがあり、真っ先に廃部にされる対象だろう。


 部が存続しているのにはわけがあり、一つは俺の従兄弟がこの学校の教員で、無理をお願いして部の顧問を引き受けてもらっている、所謂コネ。


 二つは部長であるアカリの将棋の腕がプロ級で、目覚ましい功績を残していること。過去に全国大会で決勝戦までいったとか。


 だったら将棋部でいいじゃないかと思うだろう。当初は将棋部を立ち上げようとアカリが人数集め(新規部活を立ち上げるには部員三名以上が必要)で俺と晴希を誘ったのだが、俺と晴希はルールを知っているぐらいで腕は素人同然。正直、毎回将棋はしんどい。


 それに来年の事を考えた場合、将棋部という名だと、将棋好きの新入生が入部してくるかもしれない。後輩の面倒なんてみたくない。出来るだけ活動が楽で、知り合いだけの気兼ねない部がいいという俺の理念に反する。


 そんな理由から、将棋だけではなく広義の遊戯をする部活、盤上遊戯部に決定した。


 晴希は滅多に顔を出さず(スポーツが超得意な事から)ほぼ毎日助っ人として他所の部に行っている。ではなぜ運動部に入らなかったとかというと、本人曰く、たくさんのスポーツを楽しみたいかららしい。今日も野球部あたりに乱入しているのではないだろうか。


 なので普段は俺とアカリしかいなく、将棋やチェスなどのボードゲームをしている。といった具合の、部活らしからぬ部なのだ。


 俺は二人を見る。放課後カバンを持たずに廊下を彷徨いているところをみるかぎり、何か用事があるようだ。


「あっ、こちらは友達のうーちゃんだよ」


 俺の視線に気づいたアカリがそう言うが、自己紹介になっていない。彼女は友達をあだ名で呼ぶ癖がある。本人曰く、そのほうが新密度がアップするらしい。


 友達は改めて名乗った。


「はじめまして安城真昼あんじょうまひるさん。私は空井野卯月そらいのうつきと言います」

「お、おう。はじめまして……」


 公的な場での挨拶のように恭しくお辞儀をする。喋り方が丁寧語だし、良いところの育ちなのか。同級生からその話し方はなんか勝手がわるい。


 俺の名前を知っているあたり、アカリが事前に話しているようだ。余計な事を言ってないといいけど。


「二人は何かの用事か?」

「そうそう! ぜひ、まーくんに手伝ってほしいことがあるのです。いいかな?」


 アカリがお願い事をしてくるなんて珍しい。今朝の件などは俺が首を突っ込んでいるだけで、大概は自分一人で解決しようとして心配になるぐらいなのだ。


 彼女に頼まれれば断れない。


 俺が了承すると、アカリは嬉しそうに笑ってお礼を言い、「では、三人でがんばろーっ」と元気よく拳を振り上げた。


 友達も含まれているあたり、どうやら彼女の用事でそれを手伝う形らしい。面倒なことでなければいいけど。


 軽く請け負ってしまって不安になる中、アカリと友達は仲良さそうに喋っていた。






     ***




 友達──空井野は図書委員のようだ。


 手伝いの内容はもちろん図書関係で、学校に届いた新書(ダンボール箱に入っている)を職員室から図書室に運び、開封して棚に並べる作業だった。昼休みに委員たちでやり終えるつもりだったらしいが、親書を置くスペース確保と、古くなった本を片付ける作業だけで精一杯だったとの事。


 俺は新書の入ったダンボール箱を両手で抱えながら廊下を歩く。これで五箱目、ラストだ。中身を見ずともぎっしり詰まっていることが窺えるほど重い。加えて職員室と図書室は渡り廊下を挟んだ場所にあるので、遠い。体育の時間以外で汗を掻いたのは久しぶりな気がする。


 よろよろと不安定な足取りで図書室に着き、読書用に設置されたテーブルの近くに下ろした。


 テーブルで個々の本の貸出カードを製作していた二人が声を掛けてくる。


「まーくんおつかれ~」

「すみません安城さん。私の仕事を手伝わせてしまって。とても助かります」


 俺はテーブルの椅子に座って息をついた。


「みんなでやったほうが早く終わるし気にすんな。それより、その積まれた本は棚に並べないのか?」


 テーブルの上で何箇所かに分けて積まれた本を指差す。貸出カードを作り終えた本はすぐに新刊コーナーに並べていくと思っていたが、まだ他にやることがあるのだろうか。


「ジャンル別に並べているんです。指示があったわけではないんですけど、そのほうが見やすいかなと思って」


 なるほど。元々図書室にある本は区別されている。新書コーナー内でも同じことをするようだ。借りる人のことを考えているんだなと感心する。


 せっせと同種の本をまとめていく空井野。


 職員室から運ぶ作業と仕分けをして棚に並べる作業。空井野はこれを一人でやろうとしていたのか。アカリが言うように男手が必要なのも頷ける。


 他の委員が見当たらないのは部活動を兼任している人が多いそうで、部活に所属していない空井野が自ら引き受けたらしい。嫌々作業をしている様子はないし、本当に本が好きなようだ。


 ずっと休憩しているわけにもいかず、俺は椅子から立ち上がった。


 貸出カード作りと分別するのは二人に任せて、粗方まとまった本を図書室を入ってすぐのところにある新刊コーナーの棚に運んだ。あとで同じジャンルが見つかったときのために、隙間を空けて並べていく。


 そうして作業を続けていると、見知った本があることに気づいた。


 ミステリー小説のシリーズもので既刊は三巻。俺は一、二巻を持っている。三巻を今度買おうかと迷っていたが、まさか学校で出合うとは。


 図書委員の空井野がいることだし、今すぐにでも借りたいが、やめておこう。放課後の貸出は禁止というルール違反に心を痛めるほど俺は優等生ではないが、作業で疲れているところ悪い。


 しかし明日の昼休みはちょっとした用事があって、図書室に来れるのは昼休み終わりぐらいになるだろう。


 新刊だし、先に借りられてしまう可能性がある。そうなれば借りた生徒が読み終わるまで待つ羽目に。


 ……待つのは苦手だ。誰にも借りさせないように小細工するか。


 俺は少し考えたあと、行動に移るため新刊コーナーから三巻を抜き取った。


 二人がこちらを見ていないことを確認してから新刊コーナーを離れ、比較的近場にあったあまり人気のなさそうなノンフィクションコーナーに隠す。ここに入れておけば、たとえ見つけたとしても対極のジャンルだし、借りていくことはないだろう。


 ちょうどその時、空井野がやってくる。


「安城さーん。こちらも運んでもらっていいです……って、そんなところに立ってどうしたんですか?」

「いやべつに。もうまとめたのか?」

「はい。次は恋愛系をお願いします」

「わかった」


 バレていないことに安堵し、俺は次なる本を運ぶため空井野とともにテーブルに戻った。


 その後、新刊案内やジャンル別に仕切るためのポップを制作し、一時間程度で全ての作業が終了した。


 図書室をあとにした俺たちは、「お二人ともお手伝いありがとうございました。今度なにかお礼をさせていただきますね」という空井野の言葉を最後に、各々下校した。

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