第2話 不出来な人形の行方

 二限目あたりで睡魔に屈しながらも午前中の授業を乗り切り、昼休みの時間。


 自分の席でひとり虚しく、購買で買ったアンパンを何の感慨もなく齧っていると、不意に肩を叩いてくる者がいた。


「まーくん、お昼いっしょに食べよっ」


 振り向くとそこには、弁当入れを手に持った日野ひのアカリの姿があった。


 肩で切りそろえた栗色の髪に、その下の穏やかな印象を与える垂れ目。いつも何がそんなに楽しいのか、彼女標準の明るいスマイルフェイスだ。


 アカリは昔からの友人だ。今ではクラスが別々になったので放課後の部活ぐらいでしか顔を合わせないが、たまにこうやって昼食をしにやってくる。


 俺が頷くと、アカリは前の席を俺の机にくっつけて対面に座る。取り出した弁当箱を開けながら訊いてきた。


「ハルちゃんは?」

晴希はるきなら他の奴らと体育館でバスケをするって走って行ったぞ」


 普段は一緒に昼食をとっているのだが、今日はさっさと弁当を食って行ってしまった。四限目に体育の授業があったばかりだというのに、まだ体を動かし足りないのかあの運動オタクは。


「なんとなくそんな気はしてたよ。ハルちゃんスポーツ得意だもんね」


 感心しながらも、焦げ目のない綺麗に包まった卵焼きを小さな口で、ぱくり。その咀嚼ぶりが(小柄な体型も相俟って)どことなく小動物を思わせた。


「アカリこそ、友達と食べなくていいのか?」


 彼女は誰に対しても人情味のある人間なので、周りから好かれ友達が多い。昼を一緒に過ごす相手には事欠かないだろう。


「うん。いつも一緒にお弁当を食べる友達がいるんだけど、今日は委員会の集まりがあるらしくて。それにまーくんに話があったから」


 アンパンを食す手をとめ、自販機で買った紙パックのカフェオレで乾いた喉を潤してから、「……話ってなんだ?」とおそるおそる聞き返す。大体アカリが持ち込んでくる話題は厄介事なので、嫌な予感しかしない。


 アカリのほうも箸を置き、幾ばくか真剣味を帯びた顔で話しはじめる。


「今朝、学校に来る途中の出来事でね。商店街の中に『くろくま工房』ってあるの、まーくんも知ってるよね?」


 予感的中。絶対にアレだ。言われなくても話のつづきが想像できる。無関心を貫き通してきたツケが今まわってきたか……。


 聞いたところ、アカリは俺と似た行動を取ったらしい。泣き声を辿って窓ガラスから中を覗いて。そのあとの行動は真逆だったようだが。


「わたし心配になって理由を聞いてみたんだ。なにか力になれる事もあるかもしれないから」

「へぇーそうなんだー」

 

 適当に相づちを打ちながら、内心でため息をつく。


 彼女はいつもこうなのだ。父親が現職の警察官だからか、人一倍に正義感が強く、誰彼かまわず手を差し伸べる。そして彼女に少なからず恩義のある俺は、その異常な善意にいつも振り回されている。残念ながら今回もその道を通る羽目になるようだ。


「それでね。店主のおばあちゃんに話を聞いたら、手作りの人形がなくなったって」


 ここまで来たら仕方ない。俺は腹を決め、話だけでも聞くことにした。


「手作りってそれは孫の?」

「うん。本人に聞いたところ自信作で、いつも大事に持ち歩いてたみたいなの。手のひらに乗るぐらいの小さな人形。それがおばあちゃんの店に遊びに行ったときに無くしたみたいで。おばあちゃんの考えは、他の人形と一緒になって商品棚に紛れ込んだんじゃないかって。そして昨日――」

「孫の人形は消えていた、もとい誰かに購入された、ってことか?」


 アカリは頷いた。

 

 物を買う場合は必ずレジを通す。つまり店主は孫の人形がどんな物であったのか知らないらしい。小学生が作ったものだから商品でないことに普通は気づきそうなものだが。小さいから見落としたのだろう。


『不出来な人形の行方』か。


「監視カメラを調べれば購入相手が特定できるんじゃないか?」

「それが設置してないんだって。わざわざ人形を盗る人もいないだろうからって」


 だったら俺たちに出来ることはないではないか。


 しかしアカリは首を振る。


「それがね、わたしやまーくんなら解決できるかもしれないんだ」


 その言葉に疑問を抱く中、アカリは詳細な情報を話しはじめた。


 彼女の話によると。


 孫が店主の店に遊びに行ったのは昨日の午後五時。学校終わりに寄ったのだろう。そのときまだ人形が手元にあったことを孫自身が記憶しているらしい。それから店内の人形を眺めたり触ったりしていた午後六時ぐらいに客が来店してきたので、店の裏に引っ込んで遊んでいたそうだ。のちに自作の人形が無くなっていることに気づく。


 したがって不出来な人形が購入されたのは午後六時から閉店する午後七時の間。


 おばあちゃんの記憶が正しければ、その間に来店した客は三人。


 一人は七十代のお年寄り。わりかし年が近く、お互い孫のことで会話をしたので記憶に新しいらしい。


 そして二人は俺たちと同じ意匠の学生服を着た女子生徒だったそうだ。


「片方は長い黒髪の女の子で、もう片方は絵本の中の住人だって」

「んん? 絵本の中の住人?」

「比喩だよ比喩。そう思ったぐらいに可愛らしい女の子だったってこと。二人は別々に来店したみたいだけど、店内で会話してた様子だから知り合いだったんじゃないかって。二人とも小さな人形を購入していったみたい」


 つまりどちらかが不出来な人形を購入したと。なるほど、確かに俺たちなら解決できるかもしれない。


 が、情報が曖昧だ。長い黒髪の女子なんてそこら中にいるし、もう片方については店主の主観で当てにならない。これでは一人の人物を特定するのは困難だ。まさか一人一人に訊きこむわけにもいかないし。


 もはや思考が諦めるほうに向かっている俺と違って、アカリは探す気でいるようだ。必死に真実を暴こうと悩む仕草がそれを物語っている。


「お孫さんと約束したからね。見つかるまでは探すよ」


 やはりアカリはアカリだ。どこまでも真っ直ぐで、他人の事を自分の事のように考える。


 そんな、心根の優しい彼女をみれば付き合わないわけにはいかなくなる。


「なにか分かれば伝える。あまり当てにはするなよ」

「うんっ。ありがと、まーくん」


 ひまわりの花が満開するような満面の笑みでそう言った。

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