Ⅺ 貴様! 何をする!?

機動隊に向けて、東は種子島銃を撃ち続けていた。


紅軍を乗せた三台のワゴン車は、中央通りの真ん中で完全に立ち往生していた。もはやどこにも逃げられないことは明らかであった。


東は先ほどから疲れを感じていた。種子島銃は、言うまでもなく重たかった。それなのに、一発撃つごとに銃身をひっくり返して銃口から火薬と弾丸を入れなければならないのだ。射撃のときも、その反動を身体で受け止めなければならない。


しかし、中央委員長の命令なのだから従うしかなかった。紅軍に入隊して以来、東はこうして猟人の指示に従って生きてきたのだ。猟人の意思は組織の意思であり、それに同化することが共産主義化であると教えられてきた。全ての責任は、自分にはないのだと思った。


その結果――どうなってきたか。


ワゴン車の片隅では、先ほどから柳田が泣きわめき続けていた。


「あああああああん! もう許してええ! 許してええ!」


銃弾は既に少なくなりつつあった。隣では、他の同志たちが射出機カタパルトに火焔瓶や罐入り爆弾を装填し、機動隊へ向けて発射している。


考えられるだけの事態を想定し、多額の資金をかけて改造しただけのことはある。分厚い装甲と防弾硝子は、機動隊員たちの放った銃弾を全て跳ね返した。しかし、車窓には綿雪を張り詰めたようにひびが入っている。破られるのも既に時間の問題だ。


猟人はといえば赤旗を大事そうに抱えながら演説をしている。


「反動権力の犬どもよ! お前らはそうやって金のために、生活のために雇われ、我々に対して銃撃を加えておるが、なぜ我々こそがお前らを資本家どもの支配から解放する存在であることに気づかんのか!? なぜ、自分で自分の自由を奪い、資本家どもの搾取に貢献するような真似をするのか!? そのように真理の見えていないお前らに対して、我々は最期の抵抗を試みておるのだ! 思い知るがいい! 我々の爆裂弾の威力を! 我々の火焔瓶の威力を! 震え上がるがいい! 我々の意思の硬さと激烈なる攻撃に対して!」


ただし、スピーカーは銃撃によって既に破損しており、この演説は機動隊員たちには届いていなかった。なので、これは革命戦士たちの戦意を昂揚させるための演説なのだ。


しかし――東が不満なのは、勇ましいことばかりを言う割には、猟人が少しも斗おうとしていないところであった。


この男に対して最初に疑念を抱いたのはいつのことであったか。同志の一人を総括してやましさを感じたときであったか。紅軍に入って、十年、二十年と斗い続けても、何の戦果も上がっていないことに気づいたときであったか。いや――恐らくは、今までそういったものが積もり積もっていたのであろう。


そうであっても、自分には何の責任もないのだと逃げ続けてきた。自分は何も悪くない、悪いのだとしたら組織が悪い、組織が悪くないのだとしたら世間が悪いはずなのだ。


そして、今やこの断崖絶壁に立たされている。


東は、段々と苛立ちが募ってゆくのを感じた。


柳田はなおも泣き続けている。


「もお厭だああああっ! こんなの厭だああああっ!」


「黙れ! 黙らんか! こら!」


猟人は柳田に対して怒鳴り散らす。


「奮斗している同志たちの姿が見えんのか!? 総括するぞ、貴様!」


傍から二人の金切り声が聞こえてきている横で、東は機械的に射撃を続ける。銃身に詰まった煤を槊杖かるかでしっかりと掃除し、弾薬を入れようとする。しかし、弾薬箱に手を入れたとき、東の指は空を掴んだ――弾薬は既になくなっていた。


背後を振り返ると、柳田は未だ泣き続けている。


「おどーちゃああん! おがーちゃああん! 迎えに来てええっ!」


「革命戦士たちは何があっても挫けない! 人民の怒りの斗争により、今や女部ネオ・ファシスト政権は断崖絶壁に立たされつつある! 革命戦士達よ! 聴くのだ! 資本家と反動権力により圧迫されている人民の声、我々に助けを求める労働者の声を! 革命の火蓋は今や切って落とされた! 必ずしや反動権力と資本家たちを打倒しようではないか! そして、世界同時革命へと至るべき直線走路を突き進み、霞が関を占拠し、国会議事堂に勝利の紅い旗を立てるのだ!」


東の苛立ちは、このとき頂点に達した。


こんな状況で――これ以上どうしようというのだ。そしてこんな状況に陥ったのは、他ならない猟人のせいなのだ。このままでは、自分はもう死ぬか逮捕されるかしかない。


東はそっと立ち上がり、猟人へと近寄った。そして、大切そうに抱えられている赤旗の竿を掴み、奪い取った。


「あっ! 貴様! 何をする!?」


赤旗を取り返そうとする猟人の頭を、東は思い切り蹴り飛ばした。


「るっせえ! このプチブル野郎!」


げふうという声とともに口から入れ歯を吐き出し、猟人は倒れた。


他の同志たちは、驚愕した表情でその様子を見つめていた。しかし誰も止めようとはしない。


東は竿から赤旗を破り取り、代わりに自分の上着を括りつける。


装甲に隠れながら、東は窓を開けた。勢いよく銃弾が飛びこんできた。車窓から竿を突きだし、力の限り叫んだ。


「降参するだ! おら、もう降参するだ!」


銃撃が止んだのは、その直後のことであった。

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