Ⅻ ねえなんてこたねえよ。
誠の目にも、その広告は映っていた。
つゆりの下半身は既に燃え尽きていた。肩にも顔にも、ちらちらと
言うまでもなく、その光景は『まほつゆ』の最終回を連想させた。
誠が初めて『まほつゆ』に触れたのは、ちょうど昨年の今ごろであったか。このときの誠にとって『まほつゆ』は夏季に放送される新アニメの一つにすぎなかった。しかし後々になって考えてみれば、まさにそのとき小鳥遊つゆりが生まれたかのようであった。
視聴を開始したときは、背景美術や演出が特異なことを除けば、ありふれたアイドルアニメであり、魔法少女アニメでしかなかった。
だがその印象も、二話、三話と視聴を重ねるごとに変化した。特に主人公の勇気と慈愛の心と歌と踊りに惹き寄せられたのである。
憂鬱であったはずの月曜日は『まほつゆ』が放送される日でもあり、徐々に待ち遠しい日へと変化した。鑑賞し終えた翌日は、つゆりから新たにエネルギーを貰ったような気分となって出勤していった。
物語が暗転し、作品全体に暗い雰囲気が漂い始めても、誠は決して暗い気持ちにならなかった。むしろ、つゆりが暗黒物質の陰謀を打破し、世界に平和と安寧を、人々に笑顔と幸福を与えてくれることを信じ続け、登場人物と製作陣とにエールを送り続けた。小鳥遊つゆりは誠の前にその短いあいだ表れた明星のようであった。
最終回――人類を自己破滅から救うべく、つゆりは一種の「神」へと変じる。
しかしながら、それは同時に人間としての死であった。最終魔法により、つゆりは人間としての身体と精神を喪うこととなる。クラスメィトでありスクールアイドルの仲間である東雲ほづみの前で、イマージナルワールドの群青の光の中へと、まるで光り輝く沙のようにさらさらと全身を融かしていったのだ。
永訣のとき、つゆりはほづみに語り掛ける。
自分は誰の心の中にもいて、全ての人々に笑顔と幸福を届けるのだ――と。
ゆえに、これは永訣でありながら、永訣ではないのだ――そう言って、微笑みながら光輝のなかへと消えていったのである。
観ていて、誠は涙が溢れて仕方がなかった。
東雲ほづみと誰よりも硬い友情を結んだ、そして過酷な戦いを生き抜いた唯一の仲間――誰よりも深い慈愛と克己の精神を持った愛すべき少女――そんなつゆりが、どこにでもいるのにどこにもいない存在となってしまうのだ――人類の命運を背負って。
どこにでもいながらどこにもいないということは、まさに現実世界を生きる誠にとってのつゆりと同じであった。
広告を包む焔は、今まさにつゆりの顔を包み込んだ。陽炎に揺れ、広告の中のつゆりが一瞬だけ微笑んだような気がした。
かつて『まほつゆ』の最終回を観たときと同じように、頬を温かいものが伝ってゆく。誠はこのとき、かつて夕暮れを舞う鷹の勇姿にも涙を流した、純粋だった子供のころの心を確かに取り戻していた。
世界の全ての人々に笑顔と幸福を送り届ける存在――その画像を呟器のアイコンに貼りつけ、自分は何をしていたのか。そもそも今――自分は何をしようとしていたのか。かつて自分を追いつめた教師を見つけ、絶対に殺さなければならないと思っていたのではないか。
「お前の言うとおりだ。」
肩から力が抜けた。誠は手にしていたリュックサックを落とす。
「つゆりちゃんはそんなことは言わない。」
リュックサックの中から、濃紺に染められた爆弾が転がってゆく。
念仁は誠に近寄り、そっとその肩に手を置いた。
「なあ、韓日断交やるんだろ? たったら、こんなところで
誠は眼鏡の下から、そっと涙を拭った。
「そうだな――。金本の姿を見て――昂奮しすぎちまったようだ。それどころか、自分のアイデアに浮かれて――大切な守護天使の誕生日まで忘れちまっていたとはな。」
そして、完全に燃え尽きた広告へと目を遣る。
「こんな俺に――つゆりちゃんを愛する資格が、果たしてあるんだろうか――?」
「ねえなんてこたねえよ。」
念仁は誠の肩を軽く叩く。
「ちゅゆりちゃんは誰の心の中にもいるんだ。俺たちチュユリストの永久のアイドルなんだから。全ての人々に――たとえ『方舟』に乗れないような俺たちのようなやちゅらにも――笑顔と幸福を届けてくれる存在なんだから。これからでも一緒に誕生日を祝えばいいさ。」
「ああ。そうだな。――」
あちこちで燃え残る焔と街のネオンが、リュックサックから転がり出た爆弾の濃紺の表面を照らし出す。揺らめく光により、滄海のように波打っている。
その中央には――。
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