【幕間】中学時代Ⅴ

中学時代が終わりに差しかかるにつれ、受験勉強は忙しさを増していった。韓国に関する関心は自然と薄らいだ。得体の知れない異国のことよりも、やがて離れ離れになるかもしれない友人と過ごしたり、あるいは自分の好きな音楽で心を癒したりするほうが大切だった。


冬の厳しい冷たさは、高校受験の終わりと共に姿を消した。


春の訪れと共に、司は高校受験に合格し、中学を卒業した。


春休みの初旬のこと、司はやがて離れ離れになる友人を伴い、街へ出た。その日は朝から曇り空であった。友人たちと街のあちこちを遊び歩き、夕方になる前に分かれた。


その帰りに、雨が降り始めた。春の時雨に似た通り雨である。


傘は持って来ていなかった。


通りすがりの書店へ這入り、しばし雨宿りをすることとする。


雨は土砂降りとなった。大粒の雫が窓の外で散華さんげしていった。


雨はなかなかみそうになかった。


ふと新書コーナーへ目を遣ると、嫌韓本が平積みされていた。


『世界一愚かな韓国』

『ヘル朝鮮』

『韓国のことわざ辞典 驚きの下品さ』


そんなタイトルがならんでいた。内容は簡単に察することができた。


司はもう、それらに手を伸ばす気は起きなかった。所詮、似たようなことの繰り返しだからだ。お金を出すまでもない。このような情報は、ネットを開けばいくらでも読める。それなのに――似たような内容の本ばかり出るのは、なぜか。


そして隣には、何冊かの反中本と愛国本が置かれていた。


『迫り来る中国の脅威』

『中国共産党の覇権主義』


『やればできる国・日本』

『あなたの国――日本は実はすごい』


司はしばらく本棚を眺めていた。


外から聞こえてくる雨音が、次第に激しくなっていった。


途端に――居た堪れない気持ちとなった。


不愉快な熱を持ったどろりとした何かが胸の中に沁み込んできた。


嫌韓本と反中本のタイトルは明らかに違っていた。そもそも、嫌韓と反中では文字が違うのだ。「反中」は中国に対する反感だが、「嫌韓」は韓国に対する嫌悪感である。


司は今まで、ネット上で何度も嫌韓的なコメントに触れてきた。そしてその仲間に加わろうとして――自分も同じような書き込みを一度だけ行ったのだ。しかし、そのあとに感じた寂しさは一体なんであったのか――その正体を見せつけられた気分だった。


かつて司に衝撃を与え、「わけのわからない」感情にさせた韓国人の姿――。あのときは純粋に「わけがわからなかった」が、今では何となく分かるような気がした。


――怒りも憎しみも、場合によっては快感になるんだ。


十分ほど経ち、土砂降りの雨は退いていった。


司は書店を出た。雲の割れ目から夕陽ゆうひあかねが射し込み、雨上がりの街を白銀しろかねに輝かせている。それなのに、司の心は底抜けに暗かった。


そしてふと、あの歌手グループの歌を、随分と長いあいだ聴いていないことを思い出した。それを思うと、急激に恋しくなった。


かつて感じた時めきを、再び味わいたいと思った。


おびただしい光の中を、速めの足取りで帰宅した。


自室へと戻り、スマートフォンにイヤフォンを接続して、動画サイトへとアクセスする――一年半前と変わりない場所で、一年半前と変わりのない格好で。やがて、澄み渡った歌声が流れてきた。胸に痞える感覚はなく、すんなりと心の中へ響き渡った。


聴き終えたあとは、しばらくそのままの姿勢で動けなかった。


そして、やはり自分はこの歌手が好きなのだなと深く感じた。


しかし、初めて聴いたときと同じ感動は、どうしても味わえなかった。それは、かつては紛れもなく宝石であったシーグラスが、今では綺麗な硝子ガラスでしかないこと似ていた。

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