第11話 エルフの歌

 翌日、森の奥を調査する為に、早朝から装備を整え宿屋を出発する。

 遠く離れた位置から、森の入口を注意して見るが、特に動きは無さそうなので、警戒しながら、先へと歩を進める。

 森と荒地の境界では、昨日のソフィの風魔法によって、なぎ倒された低木がそのままになっている。


「ここからは視界が悪くなるから気を付けて」


 ソフィの言葉に頷き、気を引き締める。

 魔物探知機である、シリウスを先頭に立てて森の奥へと向かう。

 空を覆う木々の枝の間から通る光が、森の所々に落ちて茂みの葉や足元を照らしている。

 けもの道、あるいは魔物道らしき道を行く。

時折、行く手を塞ぐ葉の茂った木の枝を村から借りてきた鉈で切り払って進む。

 

 シリウスが立ち止まり『どうする?』という顔で俺を見上げてきたので、前方に意識を集中するが何も見えない。


「ソフィ、何か見える?」


「待って」


 そう言うと、ソフィが細剣を抜き、上に向かって切り上げると、一抱え程の葉をつけた二メートルくらいの枝が落ちてきた。


「カズヤ、それを持って、前に突き出しながら進んでみて」


 用心しながら、槍のように枝を構えて歩き出すと、抵抗を感じ立ち止まる。

 道いっぱいに、大きな蜘蛛の巣が張っていた。

 右上の方でガサリという音がするので見上げると、バスケットボールくらいの胴体を持つ蜘蛛が姿を見せる。


「アリス、お願い」


「うん」


 アリスの手から、機銃のように数発の氷の弾丸が打ち出される。

 バスバスと鈍い音を立てて蜘蛛の胴体に穴が開き、足元に蜘蛛が転がってきた。

 アリスの氷の杭とか、氷の弾丸とか、かっこ良いなぁ。

 俺の中二心を刺激してやまない。

 時間が出来たら俺流解釈で何かできないか研究してみよう。


 蜘蛛の巣を枝に絡めて取り払おうとしたが、なかなか切れない。

 力任せに引っ張ってみると、糸が繋がっている木の枝のほうが、たわんで折れそうになっている。


「カズヤ、雑にやっちゃダメよ」


 そう言いながら、ソフィが細剣で木に繋がっている蜘蛛の糸をプツプツと丁寧に切っていく。


「この糸は丈夫で、しかも伸縮性に優れているから、防具を強化する良い材料になるの、丁寧に絡め取ってね」


 なるほど、そう言えば、ゲームの中でもナントカスパイダーの糸が合成用の高級材料として取引されていたっけ。


 同じような蜘蛛の巣をいくつか回収しながら、さらに森の奥へと足を進めると、茂みの向こうに開けた場所が見える。

 木立の間に身を伏せて観察すると、板を雑に打ち付けたような粗末な小屋が三軒と、木の枝からボロ布をぶら下げた急ごしらえのテントのような物が見えた。

 十二匹程のオークがウロウロしている。


「どうしよう?突っ込んでやれない数じゃ無いけれど・・・・・」


 ソフィが、俺の方を見て聞いてくる。


「昨日みたいに、ソフィの風魔法で数を減らすのはできないの?」


「木が邪魔をして、威力が落ちるのよ、これ以上近づくと、足元の枝や枯葉で気づかれるし」


 フム・・・・・・・。


「ちょっと試してみたい事があるんだけど、いいかな?昨日と同じように風魔法を打ってくれないか?ダメだったら、俺とシリウスが先頭で突っ込むよ」


 ソフィがほんの少しだけ不安そうな顔をしたが。


「いいわ、やってみましょう」


 訝しがりながらも、意外とあっさりOKしてくれた。

 どうしたんだろう?

 最近、ソフィの冷ややかな視線が気持ち良くなってきたところなのに・・・・・。


 ソフィが竜巻を起こすため意識を集中させ魔力を活性化させると、俺はソフィの肩に手を乗せると同時に、自分の魔力を活性化させソフィの魔力に同調させる。


 魔力を同調させるために、楽器の音合わせのように、意思を集中しソフィの魔力に、少しずつ俺の魔力を近づけて行く。

 俺とソフィの魔力が身体の中で共鳴し、唸りを上げるように大きくなっていく。


 ソフィが驚いて、俺を振り返り、わずかに集中が乱れた。

 

「だいじょうぶ、このままいこう」


 俺の言葉にソフィが頷き、魔法を発動させる。

 俺の魔力の追加を受けて、昨日の数倍はあろうかという、竜巻の渦が現れ、唸りを上げ、進路を遮る木を根ごと引き抜き上空へ跳ね上げながら、オークの集落へと襲いかかって行った。


 竜巻に巻き込まれたオークが必死に近くの木の枝を握りしめて、飛ばされまいとしている。

 しかし、俺の魔力の追加を受けて強化された風の刃が、握った枝ごと腕を切り飛ばす。

 オークの作ったボロ小屋は、あっという間にばらばらになり、木の葉のように破片が空へと巻き上げられていった。

 魔力の供給を止め、竜巻が消えると、後に生き残っているオークはいなかった。


「どうして?こんなことが・・・・・・」


 目の前の結果に驚きながらソフィが呟く。


「いや、ソフィがさ、俺に魔法を教えてくれる時に、ソフィの魔力を重ねてくれるだろ?それで、もしかしたら、出来るんじゃないかなぁ、って思っていたんだ」


 自分単独で風に魔力を変換できないけれど、ソフィの魔力の後押しがあるとすんなり出来ていたので、その逆もあるんじゃないか、と思っていたのだ。

 結局、俺流解釈でしかなかったが、うまく出来て良かった。


 不意にソフィが揺らりと俺の方へ倒れてきた。


「ソフィ?」


「急に、大きな魔力が・・・・・身体の中を廻ったから・・・・・魔力酔いみたい」


 顔を蒼くしたソフィが、俺にもたれ掛かりながら、膝をつく

 そうか、俺が魔力ぐるぐるをやり過ぎたようになっているのか。


「ごめん、調子に乗っちゃって・・・。ちゃんと説明してからにすれば良かった」


「ううん、だいじょうぶ、ちょっと休めば良くなると思う」


 そう言ってはくれるが、かなり辛そうだ、顔に手をあて、下を向いている。

 俺は、昨日の初戦を乗り越えて、少しいい気になっていたようだ。

 生き残りのオークがいて、反撃してきたら、危険な状況だったろう。

 まだまだ、修行不足だ、もっと慎重になろう。


 その後、集落を離れて獲物を襲いに行っているオークが帰ってくるかもしれない。

 そう言うので、ガレキの間に身を潜めて待つ。

 三匹程のオークが帰ってきたが、目の前の光景に驚き立ち止まったところを、影に隠れていた俺とシリウスで強襲して始末した。


 しばらく木の根もとに寄りかかって休んでいたソフィだが回復したようで、立ち上がって、根を引き抜かれて地面に横たわる木を見ながら。


「それにしても、ちょっとやりすぎよ」


 と、いつもの口調で言ってくれた。

 良かった、少し安心した。

 苦笑するソフィを見て、昨日の夜のことを思い出していた。









「ねえ!なんでカズヤが、その曲を知ってるの?」


「え?え?ソ、ソフィ、ちょっと待って」


 村の人との話を終えたソフィが宿屋の食堂に帰ってくるなり、猛然と俺に掴みかかってきた。

 普段、落ち着いた物腰のソフィが血相を変えて、俺の腕を掴んで離してくれない。


「ねえ!なんでカズヤが、その詩を歌えるの?」


「ちょっ、ちょっとソフィ!どうしちゃったの?カズヤが困ってるよ?」


 アリスも必死の形相のソフィに困惑して、間に割って入るが聞く耳を持たない。


「なんで?ねえっ!なんでよ!?」


 俺の服の襟元を締め上げたまま、下を向いて泣き始めてしまった。

 いったい、ぜんたい、どういうことだ?

 俺のオリジナル、マイソングがそんなに気に障ったのか?

 やっぱり、墓場まで持って行くしかなかったのか?

 俺の思春期の負の遺産は、涙を流すほどイヤか?

 冗談はともかく、二八年生きてきても、目の前で女性に泣かれると、どうして良いのかわからない。

 女性の扱いに慣れたイケメンなら、ここで肩でも抱き寄せるのだろうが、とてもそんな事はできずに、オロオロとうろたえる事しか出来なかった。


 ひとしきり泣いたソフィは、気が済んだようで、少しずつ落ち着いてきた。

 クールビューティーなソフィが、こんなに感情を起伏させるのを初めて見た。

 気を利かせた宿屋のおばさんが、温かい紅茶をいれてくれるが、去り際に俺をきつく睨みつけていく。

 どうやら、俺がソフィに何か悪さをして泣かせた、と思っているようだ。

 完璧に誤解されたな・・・。

 カップを両手で包み込むようにしながら、紅茶を少しずつ飲むソフィが、まるで子供のように見える。

 

「カズヤはエルフ種のことを、どれくらい知っているの?」


「どれくらい・・・・・って言われても」


 漠然とそんな事を言われても、返答に困る。

 エルフ種族としてなら、マラガの街でも良く見かけるが、個人的に話したことがあるのはソフィだけだ。

 正直、エルフと言われて思い浮かぶのは、元の世界のゲームやアニメの中で見るキャラクターであり、ファンタジーとして設定されたエルフだ。


「エルフはヒトより長く生きる。ヒトより魔法が得意。エルフは美人、美人なソフィがいつも俺を助けてくれる」


「バカ・・・・・・、調子の良いことばかり言って、ちっとも知らないじゃない」


 俺のボケに苦笑してくれた。

 ちょっと調子が戻ってきたのかな?

 ふざけたワケじゃないが、ソフィに笑って欲しかった。


「エルフは、もともと、このアリオス大陸に住んでいたの。今のシルチス王国の北東、レニヤ海を挟んだ向こう側、その頃はまだ、北部エルフ族と南部エルフ族に分かれて暮らしていたの。北部の山岳地帯に住むエルフ、南部の森林地帯に住むエルフ、ハイエルフとダークエルフと呼ぶ人もいるけれど、仲が悪かったわけじゃないわ、単に生活習慣と住み着いた土地の違いだけよ」


 そう言いながら、ソフィがカップを傾けて、テーブルの上に紅茶をたらす。

水溜りに指を着けて水の線を引き始めると、ざっくりではあるが、大陸の地図ができた。

エルフの国は大陸の右端、大陸から突き出した半島である。

しかし、そのせいで人間種族の集合体から、魔境によって切り離されたようになってしまっている。


「北から迫る魔物の侵攻を抑えきれずに、周囲を魔境に浸食されて、人間国家から切り離されてしまったの。魔物は大軍を擁し、その進行速度に、人間国家の軍隊や冒険者の救援も間に合わなかった。まず北部エルフが土地を捨て、その後、南部エルフを含む全ての領土が魔物の大軍に飲み込まれるのに、そう時間はかからなかったそうよ」


 ソフィが宿の窓から、陽が沈み、月明かりに照らされた夜の村を眺める。

 宿の壁に掛けられたカンテラから、やわらかな光がテーブルの上に落ちている。


「魔物に故郷を追われ、生き残ったエルフ族がたどり着いたのが、今のスカンディア島、エルフ部族連合なの、それが、今から、約200年前の事」


 下を向いていたソフィが顔を上げると、金色の髪がさらさらと肩からこぼれ落ちる。


「カズヤが、今、歌っていた歌は、エルフが失くした故郷を偲んで歌う歌よ」


 ソフィの切れ長の眼が青い光を輝かせ、真っ直ぐに俺を見てくる。


「それを、どうしてカズヤが知っているの?」


「これは、俺が高校生・・・って言っても解らないか。俺が元の世界で、まだ子供の頃に作った歌なんだけど、もしかしたら、どこかで聞いたのを気づかずに使っていたのかもしれないな」


 ここは、オンラインゲーム、アリオスクロニクルと似た世界だから、ゲームのBGMがこの世界に反映されている可能性はある。

 俺がこの曲を作ったのは、高校二年生の時だから、まだアリオスクロニクルが稼働する一年前ということになる。

 しかし、ひょっとしたらゲームの前宣伝で、どこかで聞いた曲を知らないうちに使ってしまったのかも知れない。


 俺の中二病時代の別人格が産み落とした黒歴史かと思っていたが、こんな所で、まさかのパクリ疑惑が出てきた。

 これでは黒歴史どころか、闇歴史である。

 やはり封印どころか、焼却して俺の心の深くに埋葬しておくべきだった。

 そんな黒歴史とか闇歴史とかお茶を濁して済む話ではなさそうなのが辛い。

 それでも、こんなハズカシイ曲を聴いた覚えは、まったく無いので、やはり偶然ではなかろうか?


「たまたま、曲が似ているだけじゃないか?偶然だと思うけど」


「いいえ、そんなことないわ」


 ソフィアが頑なに首を振る。


「でも・・・」


「今ならわかる、これが本物だったんだ、って私にはわかる。今まで霧の向こうに霞んで見えなかったものが、やっと見えたような気がするの」


 ソフィは断固とした口調でそう言うが、やはり、たまたま似ているだけだとしか思えない。

 俺の作った曲が、エルフに伝わる歌に似ているなんて、偶然だろう。

 高校生の俺が女の子にモテたい一心で覚えたギターで、その場の勢いに任せて作った歌だなんて、今更言い出せなくなった。

 それに、エルフが魔物に奪われた故郷を想って歌う歌とは、ちょっと重すぎる。

 繰り返し、偶然似ているだけだと主張する。


「あのね、エルフには曲しか伝わっていないの。詩はわからないの。正確に言うと、エルフの知らない言葉が使われていて、言葉の意味がわからないから正しく歌えないのよ。だから歌うと言っても、自分勝手に歌詞を付ける人がいたり、みんな適当にハミングするだけしか出来なかったの」


 ソフィは、すっかり冷めてしまった紅茶に口をつけながら言葉を続ける。


「そうか、カズヤの故郷の言葉だったから、正しく伝わらなかったのね」


「あのさ、そんなワケの解らない歌なのに、どうしてエルフの故郷の歌だって思うの?」


「わからない、でも、この曲を聴くと、どうしても懐かしくて、悲しくなって涙が出てくるの。エルフが故郷を捨てた、当時の事を知っているエルフの大人達は、この歌をとても大事にしているの」


 どうもイマイチ納得できないな。


「当時の事を知っているって、二百年前も話だろ?」


「言ったでしょ?エルフは長命なの。三百年以上生きるのよ?今でも大陸から逃げて生き残っているエルフは大勢いるの。私なんか、まだまだ子供なのよ。当時の苦労も故郷を捨てた無念さも私は実際に経験していない。それでも、この歌を聴くと懐かしい気持ちが溢れてくるの」


 ソフィはそう言うと、紅茶のカップを両手で抱いたまま、再び窓の外に眼を向けた。

 俺もアリスも、そんなソフィに掛ける言葉が見つけられず、気まずい時間の流れをごまかそうとして、何かを探すように窓の外に眼を逸らした。


「ねえ、もう一度歌って」


 そんなふうに改めて言われると照れくさくて困るのだが、ソフィの有無を言わせぬお願いを断ることなどできない。

 リュートのネックを握り直し、弦のひとつひとつを丁寧に弾きながら、静かに歌った。


「そんな、たいしたもんじゃなかっただろ?」


「ううん、そんなことないわ、いい歌じゃない・・・、私にも教えてよ」


「うん」


 いつの間にか、おばさんも奥に消え、俺達以外に誰もいなくなった宿屋の食堂で、ソフィに日本語の意味を解説しながら歌ってあげた。

 

 それにしても、単なる偶然かソフィの思い込みだと思うのだが、ソフィの様子からすると、食堂の片隅で気軽に歌って良い歌でもなさそうだ。

 やはり、この歌はあらためて心の奥に封印することにしよう。


 オークの集落も片付き、ひと仕事終えて、次の村へと出発する。


 忘れていた!

 おばさんの誤解を解いてくれ!

 他の村人まで、俺の事を睨んでくるのだ!


「どうしよっかなあ」


 子供みたいなイジワルをして笑っているソフィが、思いのほか可愛かったので、まあ、良しとするか・・・。

 

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異世界で幸福な結末を探しています。 赤城童子 @risitea

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