第10話 初めての狩り
通訳の必要な村長の村を出発してから二日ほど歩くと次の村に到着した。
最初の村より規模の大きい村で、ここには宿屋を兼ねた食堂や雑貨屋などが建っていた。
この辺りの街道を旅する冒険者や商人達の中継所になっているとソフィに教えてもらった。
ひとまず宿屋に入り昼食をとることにする。
「いらっしゃいませ~」
厨房のカウンターからエプロンで手を拭きながらおばさんが顔覗かせる。
「あら、ソフィじゃない、久しぶり、今度はどうしたの?何かの依頼?」
「おばさん、久しぶり、違うの、新しくパーティを組んだのよ、それでこの辺りを軽く回っているところなんだけど」
どうやら、ソフィはおばさんと顔見知りのようである。
「そうなんだ、あら!可愛いシスターさんじゃないの、そっちのお兄さんもよろしくね」
俺はどうも、と軽く会釈しただけであったが。
「こちらのお宿に、神々の祝福がありますように、よろしくお願いします」
「あらあら、こちらこそ、あなた達の道がいつもソラリス神の光に照らされますように」
シスターアリスであった。
旅に出てからアリスの印象がかなり変わった。
いつまでも俺の服の裾を握りしめて後ろに隠れていて欲しいのに、俺から離れて行くようで、ちょっと悲しい。
もうしばらくしたら、俺の服を一緒に洗濯するのを嫌がるようになるかも知れない。
「それで、しばらく泊りたいんだけれど、部屋は空いてる?」
「四人部屋と二人部屋ふたつが空いてるけど、どうする?」
ソフィが訪ねると、おばさんがニヤニヤしながら聞いてくる。
「うーん、とりあえず四人部屋の三泊でおねがい」
良かった。
アリスとソフィの二人部屋、俺独りだけ違う部屋に隔離されるかと思っていた。
みんな一緒の四人部屋も女子とのお泊り会みたいでうれしい。
今まで、倉庫やテントで一緒だったけれども、それはソレ、これはコレで違う喜びがある。
「それじゃあ、部屋は二階の一番奥を使ってちょうだい、お代は前払いで大銅貨十二枚になるけどいいかい?」
懐にしまっておいた巾着袋から大銅貨十二枚を取り出して渡す。
宿屋の食堂で異世界ランチをいただいてから、定番の村長さんの家に向かった。
「だまものなあ、そいやぁ、きだのはだけをこえだあだりのもりのほうでぇ」
フム!
「なんがみががいたってぇ、だれぞおへぇておうたなぁ」
フムフム!
「まだこっちさ、こないでねぇようだがねぇ」
フムフムフム!
ワカラン!
これはアレか?わざとやっているのか?
村長になると別の言語を習得するのか?
「北の畑から、しばらく行った森の辺りで、誰かが何か見かけたって言っています」
そして、孫娘は通訳の為に存在しているのか?
「ぼちぼち、いえさけえらねば」
「おじいちゃん、家はここよ。ごめんなさい、ちょっとボケちゃって」
お笑いの天丼的な繰り返しはもういいんだ。
ていうか、村長がこれで村は大丈夫なのか?
とにかく、村の北の森のあたりで魔物らしきモノを見かけた、と言うので、向かってみることにした。
麦やらイモやらの畑を越えてしばらく歩くと、雑草が生い茂る荒地の向こうに森が見えてくる。
「このへんから用心して近づいて行くわよ」
「了解」
俺とアリスはソフィの指示に頷き、身を低くして所々に点在する低木や岩の影に隠れながら森へと近づいて行った。
そろそろと歩いて行くと、シリウスが俺の袖を噛んで何か言いたそうに前を見ている。
「ソフィ」
ソフィにそっと呼びかける。
ソフィもシリウスの様子に何かを察して立ち止まり、じっと森の様子を伺う。
「いるわね、オークよ」
シリウスすごいな、野生のカンか?
「まだかなり離れているのに、ソフィはよく見えるな」
「身体強化よ、目に魔力を集中して向こう側のことを考えて」
なるほど、俺も魔力を活性化させて、じっと目を凝らして森を見てみる。
めまいがした・・・・・。
急に遠くの景色がはっきりして、倒れそうになった。
「慣れないうちは、ゆっくりやらなきゃダメよ」
ソフィア先生、だからそういう事は先に教えてください。
「カズヤ、だいじょうぶ?」
「ありがと、アリス」
アリスに支えてもらって、体勢を立て直す。
もう一度、目に魔力をゆっくりと集中していくと、森の木立の隙間からいくつかの影がウロウロしているのが見える。
八~十匹程度のようだ。
「どうする?」
「ぎりぎりまで近づいて、私が風の範囲魔法を打って数を減らすから、森から飛び出してきた生き残りを引き付けて倒すわよ。アリスは氷魔法の準備をしておいて、カズヤはここまで近づいて来たのを剣でお願い」
「わかった」
覚悟を決めて右手の剣を握りしめ、盾を構え直す。
オークがかなりはっきりと見える所まで慎重に近づくと、ソフィが魔力を活性化して集中する。
「やるわよ、切り裂け荒ぶる風」
ソフィが一言呟くと、魔力が風に変わり、工事現場に置いてあるコーンのような三角錐の風の渦が現れると、小さな竜巻が出来上がって、スルスルと空に伸びていく。
それを押し出すようにソフィが両手を前にかざすと、オーク達に向かって竜巻が滑り出す。
さらにソフィの魔力を注ぎ込まれ続けた竜巻は、あっという間に大きく成長し、ソフィに行先をコントロールされ、真っ直ぐオークの群れに襲いかかっていく。
雑草を引き千切り、砂埃を巻き上げながら、接近する竜巻に気づいたオーク達は、必死になって逃げようとするが既に遅い。
竜巻がコマのように回転しながら、慌てふためくオーク達の逃げ道を塞ぐようにまとわりつき、オークの体を風へと形を変えた魔力の刃物が切り刻んで行く。
竜巻がバキバキとへし折った森の木の枝と共に、空に運ばれたオークが渦の外側に放り出されてバタバタと落ちてくる。
竜巻が消えた後、生き残った三匹が、ふらふらしながらも立ち上がり、こちらに向かい走り出してきた。
アリスがその内一匹を見つめ。
「氷の杭」
言葉を発すると、俺の腕くらいの太さで先端を尖らせた三本のツララが、アリスの前に浮かび、手を振ると弾かれたように高速でオークを目指し飛んで行く。
放たれた氷の杭は、狙い過たず、音を立ててオークの胸に突き刺さり、地面に膝をつき活動を停止した。
ソフィが弓を構え、引き絞った弦から矢が解放されると、低い唸りを残して吸い込まれるように、もう一匹の頭部に命中する。
オークは矢を頭に立てたまま、三歩あるいてから崩れ落ち、その場で動かなくなった。
「カズヤ、残りは任せるわよ!」
「了解!」
残り一匹の前に立ち、盾をオークに突き付けるように構え、やや斜めに身体の角度をつけて右手の剣を少し後ろに引く。
オークが鋭いキバをむき出しにし、口からよだれの泡を吹きこぼし、ギャーギャーと何か叫んでいる。
体に刻まれた傷跡から防具に血を滲ませた最後のオークが、粗雑な剣を振り上げながら俺へと迫ってくる
逆光を背に受けて大剣を振りかざした男の姿が、オークと重なって俺の頭に浮かんだ。
一瞬、気を取られはしたが、でたらめに叩きつけるようなオークの剣を盾で受け流し、体勢を崩したところに、首の付け根から腹へと、遠心力をつけて袈裟がけに剣を振り下ろした。
オークが血をまき散らしながら音を立てて倒れていく。
俺はオークの返り血を浴びたまま、しばらく立ち尽くしていた。
頭の中で何度も何度も、オークが剣を振り上げて襲いかかってくる場面が繰り返されていた。
オークが俺に向ける憎悪の眼差し、体に無数に刻まれた傷、オークの息遣い、細部にわたって、頭の中でいつまでも再現されていた。
罪悪感だとか、寂寥感だとか、勝利の喜びだとか、何かを感じていたわけでは無い。
ただ、淡々と浮かび上がって消えていく、鮮明な映像から意識を引き剥がせなかった。
「もういいのよ、もう大丈夫だから」
気が付くとソフィが俺の右手を握っていた。
「あ、ごめん、ちょっとぼーっとしちゃった」
あわてて、右手の力を抜く。
「うん、いいのよ、もう大丈夫、よくやったわ」
ソフィが顔を寄せてきて、優しく言い聞かせるように話しかけてくれた。
「私は、向こうに倒れているオークを調べてくるから、ここで待っていてね」
そう言って、ソフィは最初に風魔法で倒したオークを調べに森と荒地の境目へと走って行った。
近くにあった大きな岩に腰かけてソフィを待っている間、ずっとアリスが手を繋いでいてくれた。
アリスの手が暖かい。
「オーク達の装備が整っているのが気になるわ、森の奥で集落ができ始めているのかもしれないわね」
森から戻ってきたソフィが、俺の足元に転がったままのオークの防具を調べながらそう言う。
「こんなんで、装備が良いの?」
素人の俺がぱっと見ただけでも、粗雑な作りのボロボロの防具だが。
「そうよ、普通は襲った人間から奪ったものを、身に着けられるように作り直して使うから、防具を着ているオークは強いオークで珍しいの。そして私達が倒したオークはみんな同じ防具を着けていて、しかも人間の作ったものじゃないわ」
「つまり?」
「この近くにオークが集まって、武器や防具を作れるぐらいの村を作ったか、あるいは、作っているところかしらね」
集団の中で、職業分担が自然発生するくらい数が増えた、ってことか。
「群れが大きくならないうちに叩いておきたいけど、もう陽が傾いているから、やめておいたほうが良いわね。暗闇の中、オークがいるかもしれない森の中に入るのは危険よ。今日は戻って、村の人が何か知っているかもしれないから、話を集めてみましょう」
倒したオークを俺のアイテム倉庫に回収して、俺達はいったん村に戻ることにした。
村の井戸で、頭から水を浴びてオークの返り血を洗い流し、食堂で早めの夕食を終える。
ソフィは畑仕事から帰ってきた男達に話を聞きにいった。
暇を持て余して、宿屋の食堂の隅に腰かけ、今日の事を思い出しながら、リュートをぽろぽろ鳴らしていた。
「カズヤ、だいじょうぶ?」
村に帰ってきてから、心配そうな顔をして、アリスは俺の隣に一緒にいてくれている。
そんなに気落ちしているような顔に見えるかな?
確かに初めて魔物を殺したけれど、罪悪感を感じているとか、後悔しているとか、みんな生きているんだ、友達なんだ、などとは、これっぽっちも思っていない。
魔物は俺にとって収入源であるし、経験を積んでもっともっと強くなりたいし、何より殺らなきゃ殺られる。
ただ、オークと重なった男の姿が、何故か頭の中から離れなかった。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、ありがとう。ただ、剣を振り上げたオークを見て、アリスと初めてあった時に、襲ってきた男を思い出していたんだ」
「山の中の?」
「そう、あの時の男が、今日のオークと重なって見えてさ」
自分では、それ程意識していなかったけれども、ちょっとトラウマになっているのかもしれない。
「元気だして、アリスがずっと一緒にいてあげるから」
そう言って、アリスが身を寄せてくると、少し安心した。
やっぱり、ちょっとヘコんでいたのかな?
「よし、歌でも歌うか」
「うん!私、カズヤの歌が好き」
他の旅人もぽつぽつとテーブルについている食堂で、ジャカジャカと迷惑も顧みずに調子に乗って歌っていたら、足元に何枚かの銅貨が転がってきた。
どうやら、流しのリュート弾きとでも思われたらしい。
「カズヤ、アリスにもカズヤの歌っている歌を教えて」
「アリスの知らない、俺の故郷の言葉の歌だけど、それでも良いの?」
「うん、それが良い!」
ほほう、そうきたか!
それでは、俺のとって置きの一曲を教えてやろう。
そう言って、俺が高校時代に中二病全開で作詞作曲した歌を、一フレーズずつ丁寧に日本語で歌うと、アリスも後に続いて歌っていった。
元の世界では黒歴史であっても、こちらでは新時代の幕開けになるかもしれない。
この曲は、俺の後にも先にも、これっきりの一曲だ、なにしろ作り終えた瞬間に自分でも恥ずかしくなって封印したのだ。
まさに、若気の至りというやつだ、あの時の俺は、思春期の行き場の無い情熱を持て余して、頭がおかしくなっていた、としか思えない。
しかし、それを知らない、無垢なアリスに、これが俺の元いた世界のスタンダードだと教えた。
ウソもつき通せば、真実になるのだ!
ふと気づくと、戻ってきたソフィがヘンな顔をして俺を見ている。
ヤバイ!俺の『アリスを俺色に染め上げる計画』がバレたか!
「イヤ、あのですね、これはですね・・・・・」
「カズヤ、その曲をどうして知っているの?」
「へ?」
「それは、エルフの郷にずっと昔から伝わっている曲よ?」
「は?」
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