異世界ジパング大将軍列伝

ホムラショウイチ

「炎凰大将軍の覚醒」

●これまでのあらすじ●

 人と神と魔が入り乱れる大陸・ジパング。

 その中に「三河の国」という小国があった。

 国主である姫・徳川イエヤスの元、貧しいながらも平和に暮らしていたその国に、突如敵が現れる。

 敵の名は黒卍党。卍洞オロチを長とする山賊である。

 彼らは数に物を言わせ三河の国を攻め入り、破壊と略奪に明け暮れた。イエヤスも負けじと軍を差し向けるも、兵の数は黒卍党が上。その上、長である卍洞オロチは一騎当千の強者であり、太刀打ち出来ない。

 このままではオロチによってこの国は滅ぼされてしまう。

 イエヤスはオロチを倒すため、異世界より強者を召喚する勇者召喚を行うことを決意する。

 国の外れ、朽ちた神社の一画にて勇者召喚の儀式を執り行うイエヤス。

 しかしそこにオロチが現れるのだった。

 危うしイエヤス!!


●●●


「ここから先は通さ――グワーッ!」

「弱い! 弱すぎるわァッ!!」


 深夜の朽ちた神社。

 具足に身を固めた大男が蛇矛を振り回すと、神社を護る三河兵たちが嵐の前の小物のように吹き飛んでいく。

 大男の名は卍洞オロチ。山賊黒卍党の長である強者である。


「この光は……イエヤスがいるのはここかァッ!? オルァア――ッ!!」


 朽ちた神社の最奥、閉ざされた社。固く閉ざされた扉の淵からは光が漏れ出ており、中で何か超常的な儀式が行われていることが明白だ。

 オロチは蛇矛を振りかざし、光漏れる扉へと叩きつける。技も何も無い、粗野な暴力そのものだ。

 しかし――

 

 ――バチィッ!

 

「ちっ、防護結界か? 面倒くせぇマネしやがって!!」

 

 蛇矛が扉に当たる瞬間、光の壁が社全体を覆う。蛇矛は光の壁に弾かれ、オロチはたたらを踏んだ。

 防護結界。ジパングにおいてメジャーな神術式である。結界は強固であり、並大抵の攻撃では破られることはない。

 ――並大抵の攻撃なら、である。

 

「オラッオラッオラッオラオラオラオラオラオラァッ!!」


 オロチが蛇矛を滅茶苦茶に振り回し、扉を乱打する。蛇矛の一撃一撃は防護結界に阻まれる。しかし蛇矛の連撃に防護結界もビシリビシリと悲鳴を上げ、ヒビが入り始める。

 強者たるオロチの連続攻撃の前に、さしもの防護結界も壊れ始めているのである。

 

「行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ行くぜェ――ッ!!」


 オロチの叫びと共に、蛇矛の乱舞の速度も増していく。

 悲鳴を上げる防護結界が破れるのも、時間の問題であった。

 

●●●


「姫様! まだですか!?」


 社の中。ロウソクの灯だけが照らす薄明かりの中には、二人の人影があった。

 一人は羽織袴の男。榊原ヤスマサ。

 もう一人は巫女装束の女性。徳川イエヤスである。

 ヤスマサは刀を構え、ガンッガンッと悲鳴を上げる扉の前に立ちながら、背後のイエヤスを急かしていた。

 

「このままでは防護結界も扉も持ちません!」

「分かっています! 星の位置があと少し――来ました!!」


 社の中央には人ひとり分の大きさはある丸い鏡と、それを取り囲むように刻まれた術式陣があった。

 イエヤスは鏡の前に座し、頭を下げて祝詞を捧げる。

 異世界とこの世界を繋げる術式。強者を呼ぶ術式。これ即ち勇者召喚の儀式である。

 

「"冥界を統べる遥かなる神よ どうか我が願いを聞き届け給え 遥か月を門とし 彼の地より強者を 勇者をお授けください――"」

 

 イエヤスの祝詞に呼応するように、鏡から光があふれ出る。

 光は強く強くなっていき、やがてイエヤスの視界を真っ白に染めるほどの爆裂となり――

 

 ――ソノ願イ、聞キ届ケタリ。彼ノ地ヨリ勇者ヲ遣ワサン――

 

 イエヤスの脳裏に超常的な言葉が響くと同時、ドンッ、と何かが落ちる音がした。

 

●●●


 ――20年以上生きてきた。

 たかだか20年。されど20年だ。

 それだけ生きれば、何かしら分かることもある。

 俺が分かったのは――自分が多分、要らない存在なのだということ。

 社会は俺を必要としなかった。

 居場所を無くした俺は、落ちて堕ちて、そして――

 

 誰かが、俺を呼ぶ声がした。

 

●●●


 社の中。光の爆裂が治まった後にイエヤスが見たのは、一人の見慣れない服装を来た男の姿だった。

 この大陸、ジパングでは見られない服装。間違いない!

 

「あなたが――勇者様ですね!?」


 興奮冷めやらぬ様子でイエヤスが男に話しかける。

 男は気が付いたのか、のそりと起き上がり、イエヤスの方を向いた。

 目元を隠すほどに伸びた黒い前髪。ジパングの着物とは全く異なる、黒い服装。そんな男である。

 

「君が、俺を呼んだのか……?」

「はい! 私が貴方をお呼びしました。勇者様……!」

「勇者……? 俺の、ことなのか……?」


 訝し気にイエヤスを見つめる男。イエヤスは歓喜の表情で男を見つめている。

 そんな二人の背後から、悲鳴にも似た声が届く。

 

「姫様お逃げください! 扉が破られます!!」


 扉を護っていたヤスマサの声だ。彼の悲鳴と同時、社の扉が爆ぜるように突き破られる!

 

「ぐぁっはっはっはっ、ようやく見つけたぜイエヤスゥゥゥ~~!」


 しゃがれた笑い声と共に社の中に入ってきたのは、蛇矛を肩に構えた具足の大男――卍洞オロチ!

 

「姫様の元には……!」

「邪魔だァッ!!」

「グワーッ!!」


 オロチの道を阻もうとしたヤスマサが、蛇矛の一撃で社の壁へと叩きつけられる。


「ヤスマサ!」


 悲鳴を上げるイエヤスの前に、オロチが悠然と歩み寄る。

 ぐへへ、と舌なめずりをしながら、オロチは嫌らしい笑みを浮かべて蛇矛を頭上へと掲げる。

 

「イエヤスゥッ! テメェさえ死ねばこの国はオレ様のものだ!! 死ねェッ!!!」

 

 オロチの大音声と共に、蛇矛がイエヤスへと振り下ろされる。波打つ刃がイエヤスへと迫る。その速度の前にイエヤスは悲鳴を上げることも出来ず――

 

 ――ザクッ!

 

「――あぁ? 何だテメェは……」

「勇者様!?」


 ――蛇矛の刃が、勇者と呼ばれた男の身体に突き刺さっていた。

 彼がイエヤスの前に割って入り、オロチの攻撃をその身に受けたのである。

 

「――――ッ」


 声さえ上げられず、腰から崩れるように倒れる男。そんな彼に、イエヤスが駆け寄る。

 

「勇者様! そんな、どうして……」

「俺、は――」


 悲鳴にも聞こえるイエヤスの疑問に、彼はたどたどしく言葉を紡ぐ。

 

「ずっと、要らない奴だったんだ。誰からも必要とされない、そんなゴミみたいな奴で――そんな俺を、君は呼んでくれた。必要としてくれたんだ。

 俺は、勇者なんかじゃないけど。君は、俺を必要としてくれたから。じゃあ――君を護る為なら、死んでも、いいかな、って――」

 

 床に、致命的な量の血が広がっていく。勇者じゃない、そう言った彼が受けた傷は、致命傷のそれだ。

 それでも、彼は笑みを浮かべていた。

 

「そんな。そんな――」

「ごめん。こんなことしか、出来なくて――」

「話は終わりかァ~~?」


 涙を流すイエヤスの、瀕死の男の頭上から、しゃがれた声が響く。

 蛇矛を再び頭上に構えたオロチが、ニヤリと笑う。

 

「何だか分らんが――二人まとめて死ねェ――ッ!!」


 イエヤスと異世界の男を両断せんと、オロチの蛇矛が襲う――!!

 

●●●


 ――彼女だけは、護らなければ。

 ――俺は要らない存在だけど、きっと彼女は違う。

 ――だから、彼女だけは!

 

 ――ヨクゾ決意シタ、異世界ノ勇者ヨ。

 

 ――誰だ!?

 

 ――我ハ<炎凰>。コノ世界ノ四神ガ一柱。

 ――自ラヲ不要トスル者ヨ。力ヲ求メルナラ叫ベ! <炎凰武装>ト!!

 

●●●


「――<炎凰……武装>!!」

 

 叫ぶ。願いと、決意と、意志を籠めて。

 瞬間、男から炎が爆裂した。

 

「な、なんだァッ!?」


 炎に押されるように、後ずさるオロチ。

 彼の前に、ゆらりと男が立つ。

 纏う炎がカタチとなり、豪奢な鎧甲冑へと姿を変える。

 男は紅蓮の鎧兜を纏い、黄金の太刀をオロチへと突きつける。

 

「何だ……誰なんだテメェは!?」


 オロチの誰何の声に、男は叫ぶように答える。

 

「俺は、レイ。<炎凰大将軍>赤城レイだ!!」


●●●


 はるか昔。ジパングは闇の軍勢によって危機に瀕していた。

 しかし彼方より四人の<大将軍>が現れ、闇の軍勢を打ち滅ぼしたという。

 ――『大将軍伝説』より。

 

●●●


「勇者様が――伝説の、大将軍……?」


 レイの背後で茫然と呟くイエヤス。そんな彼女を護るように立つレイが、太刀をオロチへと向ける。

 

「何が大将軍だ、小賢しい!!」


 瀕死の男が炎に包まれて復活した。それも大将軍として! そんな異常な展開に負けじと、オロチは気合一閃、蛇矛で切りつける。

 しかし蛇矛はレイの太刀によって軽く受け止められてしまった。

 

「クソクソクソクソクソクソがァッ! 喰らえ<大蛇乱舞>ゥッ!!」


 一撃では届かぬと、オロチは蛇矛を幾重にも叩きつける。

 だがレイの太刀はその全てを受け流していく。

 

「バカな、バカな――ッ!」

「フンッ!!」


 焦ったオロチの隙をつき、強い一撃を放つレイ。オロチはとっさに引き戻した蛇矛によってそれを受け止めるも吹き飛ばされてしまう。

 社の外へ飛ばされたオロチが衝撃に首を振り、レイを見やる。

 大上段に構えたレイの太刀に、身の丈以上の炎が燃え盛っていた。

 

「終わりだ――<炎凰紅蓮斬>!!」


 振り下ろされるレイの炎の太刀。斬撃と共に炎がまるで鳳凰の様をカタチ取り、飛翔する。

 

「バカな、俺様が、こんなァ――ッ!!」


 悲鳴と共にオロチは<炎凰紅蓮斬>の炎に飲み込まれ、爆発。

 

「――成敗」

 ――キン。


 静寂の中、太刀を収めた鍔鳴りの音だけが響くのだった。

 

●●●


「やった、やりましたよ大将軍様!!」


 イエヤスが歓喜の声を上げる。

 声を掛けられたレイは瞬間、炎に包まれ――消えると、元の姿に戻っていた。

 

「倒せた――のか?」

「はい! 貴方がオロチを倒したんですよ、レイ様!!」


 興奮した様子のイエヤスの言葉を、レイは困惑しながら聞いていた。

 記憶はある。<炎凰武装>とやらで<炎凰大将軍>に"変身"し、オロチを倒したのだ。

 だがまるで実感が湧かない。<炎凰大将軍>と名乗った自分は、自分であって自分ではないというか。何かの意志に乗せられていたというか――

 

 ――ま、いいか。

 

 イエヤスの笑顔を見ながら、レイは思う。

 彼女を護れた。それでいいじゃないか。

 要らない自分を必要としてくれた人を護れたのだ。それ以上、何を望むというのだろう。

 安堵すると、途端に疲れと眠気が襲ってきた。

 ぐらり、と目の前が暗くなり、視界が傾いていく。

 

「レイ様!? レイ様――!?」


 イエヤスの悲鳴が聞こえる。また心配をかけてしまうなぁ、と少し胸が痛くなる。

 これからどうなるのか。レイには何も分からない。それでも――

 少しの安堵と誇りを胸に。今は眠りにつくのだった。

 

 ――終わり。

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