06 私と同じ

 帝国魔導総合病院。3階。301号室。名簿欄には『クゥシ』の文字。

 帝国1、2を争う大病院に足を運んだのはもちろん、クゥシに魔導大会決勝の出来事を聞くため。

「入るわよ」

 私が受付で貰ったカードキーを扉に向けると、ゆっくりと自動扉が右にスライドした。

 部屋は広く、ベッドは4つ。しかしどのベッドにも目的のクゥシのの姿はなかった。その代わりに私達より先に先客が2人来ていた。

「あら、決勝の3人組じゃない」

 私達に反応したのは、決勝でクゥシと共にチームを組んでいたスミカだった。その隣にはツヅミの姿もある。

「クゥシ君は?」

 リップが聞いた。

 問いにスミカはすぐに答える。

「定期検診で少し前に出て行ったわ。あなた達こそ何しにここへ?」

「お見舞いよ、お見舞い」

 リップは手にある花を突き出して見せる。

「お見舞いにしては……変な恰好ね。何かイベントの帰り?」

 スミカの鋭い視線がこちらを睨みつけてくる。

 イベントの帰りと連想させるのは格好にある。私はメイド服。リップはパジャマ姿。エピカはチャイナドレス。ここの病院に働く私の先輩に頼んで更衣室で着替えて来たのだ。もちろん出来事を聞き出す作戦であって私達の趣味じゃない。リップを除いて。

「そ、そうよ!」

 エピカは言葉を返す。しっかし分かりやすく動揺している。

 スミカは疑問の表情を変える事はない。隣にいるツヅミは何だか険悪なムードにアタフタしてる。

 この状況でいえる事が1つ。この2人がこの部屋にいる時点で、聞き出し作戦は失敗している。

 私は大きなため息をついた。

「はぁ……リップ、もう別に話してもいいんじゃない?」

「えーでもー」

「私達はクゥシに決勝で何をしてきたのかを聞きにきたのよ」

「あーニオ言った。言ったニオ」

「何でリップそんなに残念そうなのよっ」

 顔を曇らすリップに少し笑ってしまう。

「むー、だって負けたの悔しくて聞きに来たなんてクゥシ君に思われるだけでも恥ずかしいのに、さらに決勝の2人に見られるなんて……」

「いいわよ。私達が教えてあげるわ。クゥシの奴も中々戻ってきそうないし」

 スミカの思いもよらぬ反応だった。

「ぜひ!お願いします!」

 私の心からの声。いや、私達の声かもしれない。とにかく咄嗟に出た。

 スミカは満更でもない顔で、自分の事のように話し始めた。

「まず、クゥシは私達に決勝の作戦の時なんて言ったと思う?」

 決勝の作戦。どういう陣形とか?どんな魔法とか?誰を倒すとか?

「私達はクゥシとスミカとツヅミの3組の情報からだったわよね」

 エピカが呟く。

 その言葉に、スミカは大きく2回頷く。

「そうそう。私達もそんな感じの作戦会議がしたかった。けど……ツヅミ!真似してみてよ」

 急な無茶振りに少し嫌そうな顔をしたツヅミだったが、すぐに落ち着いた表情を見せた。そして口を動かす。

「『ねぇツヅミ、スミカ。もしもさ、スカートを試合中にめくれたらどうする?そのスカートがめくれ続けたら、試合は続行できる?』」

「そう!顔つきも言い方もそんな感じ!思わず『へ?』って声出たわよ。そしたらクゥシの奴、深刻な面持ちで『そうでもしないと彼女達に勝てないかも』って言ったのよ」

「初めてだったよね。あんな真面目な作戦会議」

「今までの作戦会議は?」

 ツヅミに対してリップが質問を挟む。

「初戦の作戦を『今まで通り』の一言。作戦はご存知の通り、私が永続魔法で、スミカが強化魔法、クゥシが時間稼ぎと魔法の合成。それが今まで通り」

「なるほど」

 結構役割分担して行動していたのねと感心する。つまり私達が準決勝の映像で見たのは、ツヅミの強力な魔術ではなく3人の合わせ技だったわけだ。

 間を置いて再びスミカがが話し始める。

「話を戻すけど、そのスカート捲りの作戦を聞いて私達は反対したの。スカートを履いてなかったら意味ないし、それに全国放送で下着晒すのは酷だって。そしたら、今度は醜態を晒さない方法を考える方向に変わって、あれこれ話していくうちに映像を乱して電波を妨害する事に決まったの」

 私達は静かに聞く。

 少し考えさせられる。あの映像の乱れは、私達への配慮の施しだっただなんてと。

 複雑な面持ちでエピカが口を開く。

「けど、どうやって?いう程簡単なことではないと思うけど」

 その言葉にスミカも苦笑いを浮かべる。

「それはね、私達にも分からないの。電波妨害で作戦を決めた時、彼はいとも簡単に録画する機械を乱して見せたわ。彼曰く、火と雷と風と水の合成術だって言って見せるけど、全く理解できなかったわ」

「4種類も合成なんて……聞いた事もない」

 エピカの言う通り。それに火と水の相性の悪い属性同士の合成なんて、そう簡単に行えるものではない。

「あの最後に使った私達の竜の魔法覚えてる?あれにどれだけの魔術を合成したと思う?」

 そのスミカの少し楽しげな表情の問題から察するに、4つや5つの物ではないのはわかる。

「7種類とか?」

 そう聞いたエピカは何か当てがあったような感じだった。

 それに対しスミカとツヅミは首を横に振る。

「ざんねん。正解は24種類でした」

「えぇ?」

「24?」

 私達は各々に声を荒げてしまう。

「24種類も属性ないでしょ?」

「彼曰く、属性は同じでも性質が違うらしいのよ。私達に理解できたのは、彼の見えている魔法は私達の魔法とは違うという事だけ」

「はぁ……」

 私は想像以上の壮大さに大きくため息をついた。

「とんだ化け物じみた能力じゃない」

「その言葉はそっくりそのままニオ、あなたに対しても言ってたわよ」

「あの男が?」

 天才的な彼が、そんな事を口にするなんて想像できない。

「そう。『まともに食らったら絶対に立ち上がれない。手を抜いてもらわないと下手すれば死ぬ』って」

「でも彼は生きてたわよ。全力で魔弾ぶつけたつもりだったのだけど」

 私はあの時、手を抜いたつもりはさらさらなかった。手ごたえもあった。でも怪我は負わせたが吹き飛ぶにはいかなかった。

「どう避けたかは知らないけど、少なくともニオが全力でやばい状況なのはすぐ分かったわ」

 そうスミカは言うが、そう簡単に相手が本気だんてわかるのだろうか?

「……んん、分かったのはクゥシの方ね。彼、無理って何回か叫んだでしょ」

「確かにそうね」

「あれは私に対しての合言葉なの。『無理』と言ったら、クゥシの目の前に守備魔法を作れって。それも2枚。予定の倍を要求されて焦ったわよ」

「それをこなせるスミカも大したものよ」

 私の言葉にスミカは少し照れくさそうに笑った。

「そういえば、クゥシにメンバーに誘われるときもそんな顔してたよねー」

 ツヅミは微笑み足を揺らしながら言った。

 そんなツヅミの頬をスミカは指でぐりぐりと押す。

「そういうあなたもデレデレだったじゃないの~」

 何気なく笑う仲良しな2人。

「そういえば2人はクゥシとは初対面なの?」

「初対話は個人戦の初戦で負けた帰りよ」

「私もー。スミカとも初対面だったよ。やっぱ負けた、あー負けたって嘆いてた時にスミカとクゥシが一緒に食事どう?って来たから、2人は知り合いだと思ってた」

 2人の話からするに個人戦初戦の時点で、もうメンバーを決めていたことになる。というかクゥシは2日目のシードだったから、個人戦をこなす前でさらにシード組を全く見ないで選んだ訳になる。

「なにそれ!すっごい気になるんだけど」

 リップが食い気味に入ってきた。

「気になるのは『クゥシ君』でしょ?」

 スミカのその口調は、リップの口調を真似ていたのがすぐ分かった。

 その口調にリップは楽しそうだが動揺しているようにも感じる。

「なぜのその事を!」

「『iii』の端っこの席での作戦会議。もちろんクゥシも知ってる」

「ノォー」

 恋するリップの爆弾が鎮火したかのような声を上げる。

「でもクゥシは別にリップがその気なら付き合ってもいいって言ってたわね」

「イェス!……って本当?」

 ツヅミの言葉に、リップに再び火が灯った。というか今にも顔が綻んでて喜びで爆発しそう。

「大好きな『クゥシ君』に聞くといいわ。それで、始めてあいつに会った時の話なんだけど……」

 そう話し出すスミカの出会いの内容は、中々に聞き入る物語だった。

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クゥシという男 @oren01

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