第19話
「やぁ……いらっしゃい。如月皐月くん、神の世界へ」
「…………へ?」
目を開けた瞬間、間の抜けた声を漏らす皐月。
その皐月の目の前には、ソファに寝転がるリンの姿があった。
周囲は暗く、彼らだけがスポットライトのように照らされている。
「神の、世界?」
「言葉の意味が理解出来なかったかな?『神の世界』っていうのは、言葉通りで文字通りの意味さ。放課後の教室以来だね、如月皐月くん」
「…………」
「いや、この世界に一部を見せた時だっけ?まぁそこからは、意識を消させてもらったけどね」
皐月は周囲を見渡して、彼と自分以外に何か無いかと探してみる。
「――神の世界っていう割には、随分と暗い場所だね」
「ちょっと無視しないでくれる?ボクの事、もしかして嫌いかい?」
「嫌いかどうか考える程、僕らはそんなに親しくないだろう?」
「確かに。ボクらはまだ、知り合って間もない新学期のような心境だからね。まぁボクは、キミの事を良く知っているんだけどね」
ソファから起き上がるリンは、口角を上げてそう言った。
皐月は前にも言われたその言葉を受け、一つの疑問を口にする事にした。
「前もそれ言ってたね。昔からってどういう……」
「昔からは昔からさ。命を授かった時、この世に誕生した時も知ってる。良く知ってるよ。キミが抱えている過去の事も、全部知っているよ?何もかも」
「……っ」
皐月は目を見開いて、その過去の事が頭の中に過ぎる。
覚えている部分は当然あるが、所々空白になっていて良く覚えていない。
穴だらけで、虫食いだらけで……全てが灰色にしか視えないのだ。
「ボクが思うに、今の状況は分岐点かな。数ある選択の中で、キミは悩んでいるよね。彼女、エルフィア・オル・バーデリアを助けるか。それともローブで身に纏う彼の言う事を真に受けるとか。そんな事だろう?」
「…………」
次々と出てくる言葉は、皐月の頭の中をグチャグチャにしていく。
身体が宙に浮いている感覚に襲われ、気持ち悪さが込み上げてくる。
「一つだけ、ボクから忠告しておこうかな。キミのその力は、元々キミの中にあったものだ。その力、無碍にしてはいけないよ。それはキミだけの力なんだからね」
「僕だけの、力……?」
皐月は両手を眺め、自分の力と言われても実感が湧かないという様子だ。
だがそんな様子を見て、彼はさらに言葉を付け足した。
「あぁもう一つ伝え忘れた事があったんだ。そうだそうだ。皐月くん、ちょっと手を出してくれるかな?」
「手?……」
皐月は言われるがまま、自分の手を差し出す。
どっちの手かという指定が無いから。両手を皐月は彼に向けて差し出した。
すると彼は口角を上げながら、カチャリと皐月の腕に何かを付ける。
「……腕輪?」
「御守りだよ。ずっと身に付けてくれるとありがたいかな。寝ている所をもし襲われる事があっても、これがあればある程度の魔法は防げるようになってるからね。さて、ボクはそろそろ自分の仕事に戻るとしよう。キミも、彼女を護ると良い。きっと助ければ、キミの力になってくれるからね。これからの旅路で、ね」
彼はそう言って、自分の両手でパンと叩く。
その瞬間、皐月の意識は現実へと強制的に戻されたのだった。
『それではお姫様、道案内を』
「わ、分かりました。止むを得ないという事ならば、仕方がありませんね」
聞こえてきた声の方向を見れば、元の世界に戻ってきている事が理解出来た。
そう思いながらも、皐月はさっき言われた事を頭の中で繰り返す。
自分が何をすべきか、自分は何なのか。皐月は、考えながら足を進めた。
そして歩を進めた彼の様子を見て、リンは再び口角を上げて眺めるのだった――。
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