第20話

 数時間前……私が暮らしていた森が、氷漬けにされていた。

一瞬だけでも見えた黒いローブの人影。あの氷の魔法を発動させた張本人。

そして、お母様とシルフィを氷漬けにした私の敵。


 「……少しは落ち着いた方が良いよ。えっと、エルフィさんだったよね」

 「――?」


 どう反撃に出ようか思考錯誤していた最中、彼はそんな事を言ってきた。

そういえば、彼がどうやって森へ入ったのか分からず仕舞いだった気がする。

でも彼が纏っている精霊の光……濁りが一つもなく、綺麗な光を出している。


 『そういえば、森を出ながら自己紹介と行こう。お互いに名前が分からないと、呼び方に迷っちまうからな』

 

 さっきまでの丁寧な言葉遣いとは裏腹に、フードの男は外しながら言った。

そのフードの中身は、頬に傷が付いた若い男だった。


 「そうですね。僕も貴方の事が気になっていた所です」

 

 彼がそう言った瞬間、自然と自己紹介が始まってしまった。

完全に蚊帳の外にされている気分で、少し気まずさを感じてしまう。


 ◆◆◆


 「んじゃ言い出しっぺの俺からだな。俺はアルフレド、傭兵だ。さっきまでの言葉は場を弁えた手段で、普段の俺はこんなだ。よろしくな」


 やっと言葉遣いを普通に戻せる。あの言葉遣いは堅苦しくて苦手なんだよな。

個人的にはこのままで行きたいが、人生そうも言ってられんからなぁ……。


 「じゃあ次は僕で。僕は皐月といいます」

 「サツキ?女みたいな名前だな」

 「……そこはほっといてくれると助かります。よく言われるんですけどね」


 まぁ中性的な容姿をしてるし、間違える奴は間違えるだろうな。

だが名前よりも、こいつには個人的に興味がある。……空っぽな奴だ。

たとえ傭兵の俺でも、相手の強さを感じる事ぐらいは出来る。

魔力の濃さは、その強さと比例するようにオーラとして視える。

だがこいつの場合は、それが透明で何も感じない。恐怖すらも……。


 「それで最後は、あんただな。エルフのお姫さん」

 「……私はエルフィア・オル・バーデリア。神族であるエルフの末裔にして、次期女王……と呼ばれる者です。この森が生きていればの話ですが」

 「おいおい、諦めるにはまだ早いんじゃないか?氷といっても、あれは魔法だ。炎系統の魔法なら、破壊出来るんじゃないのか?」

 「それは一族もろとも焼き払え、そう言ってるのでしょうか?」

 「あー、なるほどな。そういう事か」


 実の母親である現女王とその一族も、無傷で助けたいというのが彼女の望みか。

破壊が肯定出来ないのであれば、無傷は至難の業だな。


 「その炎の魔法で、氷を溶かす事は出来ないんですか?」

 「単純に溶かすなら出来ると思うが、威力と時間が足らない。あの魔法は恐らくだが、徐々に範囲を広げるだろう。そうなると、それ相応の威力と魔力が必要になる。それと同時に、広がる範囲と広がる時間も考えなきゃならない。溶かして直後にまた再生なんてされたら、キリがないからな」


 だがこうしている間にも、その氷は徐々に拡大を続けている。

恐らく数時間後には、この森を全て氷漬けにするだろう。

そして少なくとも、この面子めんつじゃあれを回避するので精一杯だ。


 「とりあえず、この森を抜けましょう。まずは体勢を立て直すのが先です」

 「あ、ああ」


 サツキと言ったか。助けるという選択肢は、考えないつもりか?

だが状況が困難な上、先に撤退するのが最善だし安全か。よし……。


 「また走るが、体力は大丈夫か?」

 「僕は大丈夫です。エルフィ、君は平気?」

 「ま、待って下さい。まさか本当に見捨てるのですか?森の皆を」

 「これは見捨てる訳じゃない。一度退く事は逃げる事じゃないよ。次に回す事だ。約束するよ。絶対に助ける」

 「行くぞ」

 「はい」


 俺がそう言って走ると、サツキは彼女の手を引いて走った。

少し後ろを向く彼女の表情は、悲しさと寂しさを纏っていただろう。

そして……悔しさも。


 ◆◆◆


 「…………」

 『随分と今日は甘いのですね。我が君』

 「氷で創られた空間では、これ以上の魔法で対抗するしかないだろう。だがオレの眼で視た所、それが出来るのは一人も居なかった。当然の結果だ」


 そう言いながら彼は、あの中に居た人物の事を思い出していた。


 「(あの力……あれは消えたはずの力。いったい奴は……何者)」


 そう思う彼の瞳は、まるで魔法陣を埋め込んだような瞳となっていた。

そしてその魔法陣を起動したまま、ある者に手を翳すのだった――。

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