世界が終わるとき

琴月

世界が終わるとき

一週間ほど前、世界の滅亡が告げられた。それはあまりにも唐突で、残酷な知らせ。晴天の霹靂と驚く皆の表情は、建前をどこかに置き忘れたようだった。いつもと変わらずに街を包む夕暮れは、けれどいつもより寂しそうな顔をしていて。


これは、世界が終わりを迎える、ほんの一日前の話。




「もし明日世界が終わるなら何をする?」

君がこんなありきたりな質問をするなんて。

「私はねー。虹を手に入れるんだ」

もしもの話は嫌いだと言っていたのに、随分楽しそうに話している。それに少しだけムッとした。

「僕は特別なことはしない。普通に過ごす」

「えーっ。つまんないの」

冷たくあしらったせいか、君は不服そうに唇を尖らせた。そして数秒考えたあと、三日月を浮かばせて言う。

「そんなつまらない最後を彩ってあげる!」

「君に振り回されているのはいつもの事だろ」

「ひどいなぁ、もう」

そう言いながら、無理やり僕の小指を絡め取るんだからタチが悪い。晴れやかな表情に一瞬我を忘れる。

君の光で満たされていく。もっと近くで感じたい。それと同時に、僕が関わっていいものではないと思うのだ。例え踏みにじられたとしても。この咲き乱れる華は秘密にしなければならない。




自転車を押しながら歩く雨上がり。濡れた標識。ぴちゃんと音を鳴らす小さな大空に浮かぶ、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。傘についた水滴を撒き散らして、君が大きく前へ飛び跳ねた。

「虹のしっぽ、みよっ!」

君は約束を覚えていた。それが何より悲しかった。




右に曲がって。左にまっすぐ進んで。まるで人生を早送りしているみたいだ。

がむしゃらに追いかけて、迷子になった。街の喧騒はきこえない。初めて風景に霞む思い出。滲む水彩。揺れる境界線。

気がついた時には虹は消えてしまった。何の前兆もなく、スッと。明日を迎えると、僕たちもこうなってしまうのだろうか。自分にさえ理解できないまま世界に溶け込むように、存在がなくなってしまうのだろうか。

「最後まで締まらないね」

君は恥ずかしそうにへらりと笑う。

「結局虹のしっぽはみつからないし、シャツが体に張り付いて気持ち悪いし。こんな道の途中で力尽きるなんて。……でも、こんな終わりも悪くないって思えるの」

君の最期を誰にも触れさせたくない。君の最期は君のためにある。僕が独占していいものではない。それなのにどうしてか、此処を離れたくないと思ってしまう。

「かえりたくない」

呟いたのは君なのか、僕なのか。それとも世界なのか。

涙をこぼしたのは君であり、僕であり、そして世界だった。




最後の日。

この気持ちが恋なのかわからないけど。去り際の別れを惜しんでしまうのだから、好いているのだ。僕は嘘つきだ。言葉にして、君に伝えようとしている。報われるようにと願ってしまう。




最初の日。

夕陽はもうとっくに沈んでしまったのに、君の頬は紅に染まっていた。見知らぬ土地で見知らぬ君と二人、時を止める。そして、そのまま。僕たちの世界は息を止めた。

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世界が終わるとき 琴月 @usaginoyume

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