第41話 道半ば
彫刻の森の中、その『芸事の神様』は竪琴片手に歌い踊る女の
言われなきゃ、ショーギの神様とはわかるめぇな、これは。
ずいぶんとまぁ、愉快なお姿をしてることで。
「この神様ぁよ。強ぇのか?」
「強いんだってさ。芸事すべて――『突き詰めるほど楽しくなること』のすべては、この神様が一等上手いんだ」
「楽しくなる、ね……」
なるほど。
なるほど、なるほど、だ。それもまた、『将棋』の一側面だ。上手くなること、強くなること、それは全くたまらん愉しみだ。
では、ある。あるが。
「まァ、ええわな――」
郷に入っては何とやらだ。ここではそうなら、そうなンだろう。
両手を拝み手に合わせ、頭を下げる。
「――」
ただし、決して『勝たせてくれ』とは願わずに、だ。
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『将棋の神様』とは、なにか。鳩森八幡の将棋堂に居るのか。願えば勝利をもたらすのか。勝ちたければ神頼みだってするべきなのか。
「それは違う」
と、教えられた。
「勝つための信心なのか、負けるのは信心の差か、勝敗を揺るがす神通力があるから、すがって頼って首を垂れるのか。それは全く心得違いだ」
そう言いながら、千駄ヶ谷の小道を連れていかれた。
「ただ、将棋の神はきっと知っている。『将棋の最終解決』を」
将棋は、構造上、『互いが常に最前手を指し続ければ先手か後手が必勝である』ゲームだ。
その答えを知っている、かもしれない。神ならば。『将棋の終わり』まで解き明かしたかもしれない。何万手、何億局面を読むAIでも、人類最高峰のプロフェッショナル達でも、いまだ見出しえない盤上の真理を。
「その真理に、人間がいまだ到達し得ない論理の最果てそのものに、畏れを忘れないために。私たちが道半ばの存在であることを思い出すために、私は詣でる」
オカルトじゃねぇかうさんくせぇ。賽銭銭で甘味でも買ったほうが脳にいい。そんな風にぶぅたれる俺をひこづるように。
『師匠』に連れだって行ったもんだ。
「今いるところは道中で、まだ、まだまだ、先に歩いて行けること。それは嬉しいことじゃあないか」
ピンとこなかったといえば、嘘になる。
『この先があること』を喜ぶ気持ちが、その時は、あった。
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リデレ様。
あんたは『ショーギの終わり』を知ってるんですか。
俺は、まだ知らない。
――この道は、楽しい道なんですかね、本当に。
『この先』に向かうことを、俺は嬉しがっていられるんですかね。
ピウス曰く、ずいぶん長く俺は拝んでいたそうな。
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丘を降りたころにはいい時分で、そろそろ町は晩飯時だ。あちこちの店屋から煮炊きの煙が上がって、通りに一つは肉をじゅうじゅう焼くいーぃ匂いをさせてやがる。
外で食う、と言ったからには済ませて帰らにゃ空きっ腹は埋まらねぇ。冷蔵庫も即席メシもねぇこの国じゃ、「予定も支度もなしにさっと作れるメシ」なんてないからな。帰ってパチ公相手にわがまま言ったとて白湯ぐらいしかでてこねぇし、用意できるのは近場の店屋のできあいだろう。
ピウスが馴染みの店に俺を誘ったが、俺は断った。代わりに、俺の知る唯一の店に向かうことにする。
この男にゆっくり聞きたい話がある。それにピッタリなんは、あそこやろな。
パチが俺を誘ったあの店。俺の最初の
『この先』の前に、『今ここ』の話を。
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