第40話 戦法名は『バルカニウスの戦車』
籠はなかったが、丘の上までロバで荷車を引くってェ奴をピウスが見つけてきた。ゴネてみるもんだ。
ぽっくりぽっくりたどり着いた先は、あぁ、なんていったっけな。パプぺポン? パピプペポ? そんな名前の、アレ、あるやんか。有名な。教科書にのってる外国の神殿。
「つぅっか! うるっせぇ! なんだこれ!」
「なんか言ったか⁉」
「うるせぇって言ったンだよ! うるせぇの! なんでこんなルッせぇんだよ⁉」
「なぁんかぁ! いったかぁッ!!!!!」
「うるせぇっ!」
と、いうのもだ。
神殿、と言われて連れてこられたバッカでけぇ石造りの屋根と床と柱の前は、芋だって洗えねぇような大賑わい。
露店と客引きと浮浪者と唄謡いと客引きと客引きと客引きの、バーゲンセールだったからだ。
ちなみに、今俺とピウスは、よくわからん管楽器みたいなのを片手でぶぉーぶぉー鳴らしながら、もう片手で籠ぉもって俺らの周りをくるくる回るおっさんに付きまとわれている。うっぜぇ⁉
「なんだぁテメェやんのか⁉ やんのかグラァ⁉ ってかなんなんだよ! 何が目的なんだよ妖怪か⁉」
「ぶぉー!!」
「マジで妖怪か⁉」
「やめろリョマ! 神殿で暴力はご法度だから!」
「ぶぉー!!!!!!!!!!!!!!!!」
「おっさんも失せろ! 俺たち金ねぇぞ!」
「ぶぉー……」
どっか行った……。
「ったく。相手を見てやれよな……」
「なんだ? 今のおっさんはなんだったんだ? 俺たちにしか見えてねぇ頭の愉快なおっさんか?」
「いや。俺たち以外にも見えてるおっさんだ。布施乞いの一種、かなぁ……」
「自信ねぇのかよ……」
「まぁ、小銭でも籠になげこみゃどっか行くんだよ。そっちのが早いし、金に余裕があるならそうする」
「グーじゃだめなのか?」
「ダメだ。さっきも言ったろ? 神殿の中じゃぁグーもパーも御法度御法度――一発でも手を出したのが周りにばれたら、ここにいる全員から五倍返しだ」
「全員……」
全員ってお前……。
「死んじまうだろ……」
土曜の夜中の戎橋。道頓堀のフグの前。
日本以来にそれを思い出すほどの。この国に来てから始めて見る、正真正銘の『人混み』がそこに在った。
「うん。死ぬとおもう」
「罪に問われねぇの?」
「全員しょっ引ける数に見える?」
無理だな、よくわかる。自慢じゃねぇが俺はこの町の牢屋には詳しいんだ。
「丘のふもとの線引きからこっちはそういうとこだ。『神殿の中は他所の国』だからな、素人が思い付きでやりたい商売をしてたり、どこぞの徒弟が見習いの腕前でできる小銭稼ぎをしてたりな」
「んで? あの建て物の中にカミサマがいるわけだ」
「そういうこと。変なのに絡まれる前に行こうぜ」
おうよ。
日本人でよかったぜ。人混みすり抜けるのは得意だ。
むしろ大阪のそれと比べりゃ、人の流れがすっトロくてイライラするくらいだな、こりゃあ。
ピウスも案外なれた様子で、二人してスイスイ潜り抜けて、ピウスの指さした垂れ幕の向こうへ。
――石造り特有の、いやに冷えた空気が一歩ふみいれたとたんに肌に障る。
見上げるほどのたけぇ天井の下には、数えきれないほどの石像が、ひたすらずらりと並んでいた。
様々なポーズ、様々な姿の、男もいれば女もいて、獣も、木もある。あの隅のほうのは、足が生えた鍋?
そんな石像の合間を。
いや、『この国のカミサマ達』の合間を進みながら、ピウスが言う。
「ショーギは芸事の神様の担当だな、リデレ様っての」
「戦争とかじゃなくてか?」
「戦争の神様も好きだぞ、ショーギ。戦争の神様はヌゥズ様。死んだ軍人は皆ヌゥズ様の軍幕に呼ばれて、特にすげぇ奴は幕僚に取り立てられる。この辺とかそういう有名な軍人が固まってんじゃじゃなかったっけ」
ほらこれとか、と言って、ピウスが一つの石像を指さす。
一人の男がショーギ盤の前に座り込み、向かいに立つ男が何事かを言い含めているような。
「『ヌゥズにショーギを教えるバルカニウス』ってな。バルカニウスっていうのは超有名な将軍。どこでも彫られてるモチーフだわ」
「カミサマの方が教わってんのか……」
「リデレ様に勝てねぇんだってさ」
「どれどれ?」
なにを教えてんのかね。
「――へへっ」
盤面をのぞき込んで、思わずちょっと笑っちまった。
「どした?」
「いいや」
ちょっと愉快だっただけだ。
ムキムキマッチョの異国の人間は、むつっかしい面した神様に
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