第39話 過去は影より足に付き

 案の定、覿面てきめん嫌な夢を見た。


 嫌な夢だった。


 寝覚めの悪いことと言ったらなかった。この国におんだされて、一番嫌な朝だった。飯を食う気にもなれないくらい。何もかもに火をつけてやりたいくらい。手当たり次第に目に付くものを引きちぎって台無しにしてやりたいくらい。


「パチ公」

「オウ! おはよーサンサン」

「イッパツはたいていいか?」

「ハ? 殴り返すガ?」


 だよな。


 嫌な、嫌な気分過ぎて、八つ当たりもできねぇ。やる前からンなことしたって意味がねぇって分かっちまうからやるにやれねぇ。別に喧嘩で勝てなさそうだからじゃねぇぞ。勝てないだろうけどよ。


 多分勝てねぇ。俺はショーギしかしたことねぇから。


 どうしょうもねぇ。


「出かける」

「うぃうぃ、ちょいと待っちくリ。朝飯まだナンヤ」

「着いてくんな」

「じゃぁ勝手に出かけッシー?」


 勝手にしろ。



:::



「ピウスゥー、なんか面白れぇとこ連れてってくれぇー」

「えー……。なんだよ突然。俺、一応仕事中なんですけども」


 なじみの道場に顔出して、いつものコースターをちょいのちょいのと右左しているピウスにちょっかいをかける。今日も元気に小銭を稼いでまぁ。


 一応のところ、こいつはこの道場の従業員ってことになるんだろうか。その割に気が向いたらば俺と出くわしたときみてぇに昼日中から街中をぶらついている。


 要するに、町のチンピラだ。悪さに気合を入れられるほどでもねぇが、コツコツ定職で地道に暮らせるほどでもない。楽して金が欲しいが、楽して金を稼ぐために何をするでもない。そんな具合の。


 そういう手合いにゃ、まぁ胴元商売の真似事は比較的『好み』の仕事、ではあろうけどよ。


「おっめぇよぉー。仕事だろ? 真面目にやってんじゃねぇよ遊びじゃねぇんだぞ? フケっちめぇよぉ。俺とお前の仲じゃねぇの」

「やだよぉ。リョマとうろついても金ンなんねぇもん……」


 チッ。


――このくらいか? 俺はアホの右手を握る、、


「観光ガイドしてくれるンならこれがこれでこれよ」

「よっしゃ、この町のことならピウス兄さんにお任せよ。飯から酒から女から明日にはこの町生まれより詳しくしてやるぜ友よ」

「お前の友情やっすいねんなぁ……」

「なんとでもお言いください? キャイーン!」


 まぁ俺は困んねぇが。


 その辺の露店で果物一籠買える程度の銭で尊厳を売る友人、、は貴重やな!


「いってラー」

「おっめぇはぁ、なんしに来たんや」

「ショーギだガ? シュギョーシュギョー」


 このガキはわけがわからん。


 勝手についてきて知ったる顔で道場に上がり込んで、それこそ道中の露店で買い込んだ果物なんか齧りながら、爺どもに囲まれて盤に座ってやぁる。


「てけとーに帰っカラ。晩飯までに。今日はなにがいいカ?」

「ンでもいい――。や、外で食ってくる」


 それはいいが。


「メシ食った手で盤駒に触んな」

「アン?」

「拭け。つか、練習中は食うな。食ってからやれボケナス」

「ドーセここの盤駒デロデロやんケ? 変ぁらんイマサラ」

「将棋の神様に嫌っわれんぞ」


 いやさ、俺だってさして信心深かぁねぇが。


――盤駒を敬え。先人を畏れろ。将棋に服せ――


――敬意のない者は必ず負ける――


――むしろ、始める前から負けている――


 口を酸っぱく延々言われて、時ににゃあテッペンはたかれた記憶が、でこのすぐ裏あたりでちらつきやがる。


 思い出したくねぇことってのは、芋づるによみがえる。


「クソ。輪をかけてやぁな気分だ。畜生」

「なんだリョマ。案外信仰の篤ぅいとこがあんじゃん」

「おちょくんなクソ犬」

「おおこわ」


 ひっひぃ、なんて笑った後、負け(略)キャイーンが顎に手を当てる。


「したら、まずあそこ行くか。――多分、リョマはまだ行ってねぇだろ?」

「うン?」

「神殿」


 ス、と壁越しに、遠くを指さす。


「ショーギの神様。挨拶しに行っとこうじゃん?」


 へぇ?


:::


「まず神殿はあそこの丘の上にあんだけども」

「イヤだ。歩きたくねぇ。俺は一日15センチ以上の上下動は医者に止められてるンだ。籠を持て」

「お前は神か?」

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