第*話 

 その日、嫌な夢を見た。


 お袋がいる。ベッドに横になって、じっとテレビデオを見ている。


 そう、テレビデオ。テレビデオだ。ブラウン管の。地デジなんてもちろん夢のまた夢の。黒いはずのガワがつもった埃で毛羽だった鼠色になっちまってる、骨董品どころか粗大ゴミみてぇな、テレビデオだ。


 部屋代はクソ高ぇ癖にな、有料放送ですらねぇ。初めて見たとき、怒りに任せて叩きわってやろうかと思った。


 しなかったのは、たまさかにも指を怪我しちゃなんねぇ家業だからなのが一つ。問題ぁそれ以外にも山とあったのが、一つだった。


 でもまぁ、ベッドだけはやぁらかそうで、暖かそうで。エアコンも(いまにもぶっ壊れそうな音をがなっちゃいるが)ちゃんと動いてた。まぁ。まだ、マシだ。


 そんな部屋で。まぁマシなベットに横たわって、お袋はじっとテレビデオを見ている。


 着物を着た二人の男が、将棋盤を挟んで映る画面を、見ている。


「あれはね」


 目を離さずに、お袋が言う。


「あっちのね、小さい方は、私の息子なんですよ」

「――へぇ。なにしてんです?」

「将棋をしてるんです。息子はね、プロなんですよ」

「そりゃてぇしたもんだ。実際そうだ」

「そうなんですよ。息子はね、強いんですよ、とっても。一度も負けないんですよ」

「そりゃ凄いや」


 画面の中の『息子』が、息をつめて、前のめる。じぃっと盤を睨み付けて、動かない。


 お袋が、小さく、小さく、口を動かす。


――レ――――バレ――


――ガンバレ――


 小さく。細く。なんなら画面の中の男達の、駒しか持たねぇ手よりずっとちいさくなっちまった手を、ぎゅうと握りしめて。

 

――ガンバレ、ガンバレ。りょうま。ガンバレ―


――まけるな、りょうま。ガンバレ、ガンバレ――


 そして。


『負けました』と。スピーカーから響いて。


 お袋が、ほぅ、と息を吐いて。


「ああ、おわった――」

「どないだ。勝ちましたか」

「勝ちました。息子が勝ちました」

「はぁ、てぇしたもんだ。エラい息子さんだ」

「そうなんですよ。優しい子なんです。勝ったら、お土産を買ってきてくれるんですよ」


 そして、俺を見る。


「一度も、負けないんですよ」

「――てぇしたもんだ」

「ええ――」


 俺を見て。


「なんで」

「うン?」

「なんでそんな顔をしてるんですか」


 それはな。お袋。


「息子が、勝ったんです」

「あァ……そうだ。そうですねぇ」


 それは、これが夢で。


 そのテープは真っ赤な偽物で。


 アンタは、それが同じテープの繰り返しなのも、二人が将棋なんて指しちゃいないのも、息子がお土産なんてもう買って来ないことも。


 画面のどっちが『息子』なのかも。


 俺が息子だってことも。


 わからなくなっちまった挙げ句、とっくの昔に、逝っちまったからさ。



 嫌な夢だ。



 テープが巻き戻る。



 嫌な、夢を見た。

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