第34話 限りなくグレーに近い黒

「勝った挙句、徒にへりくだっている、と思われては心外至極」


 と、前置きをして、アルフォンシーヌの眼前の男は語りだした。


「それにそもそも、私はここに勝ちに来たわけでは、ない」


 同じ頃。


「わかっちゃいねぇか? おうこらパチ公、てめぇの頭じゃわかっちゃあるめぇ。へぇっへ、いいね。機嫌がいいから教えてやるよ」


 と、前置きをして、ある男が語りだしていた。


「考えろよや。なぁんにもノセ、、てねぇ将棋を、わざわざ指す理由は、なんだ? なぁパチ公。俺はなんだ? 何者だ? 何者なんだと思う?」



***



「もちろん、負けるために指すショーギなどない。しかし、『負けるためには指さない』とからと言って『勝つことが目的である』とは、限らない。――勝ち負け以外に、目的を持つことは可能であるから」


「私はもちろん負けるつもりはなかったが。『勝つこと』意外に目的があって、このショーギを指した」


「そしてその目的を、あの異邦人ヴァヴァロイは見抜いた。おそらく、一目で」



***



「一目でわかった。わかったね。いつもの『客』じゃあありえねぇ。もちろん道場の客でもねぇ。町道場の負け犬一号君キャイーン風情が胴元の、その程度の遊びを、あんな野郎がするはずがねぇ」


「なんでかって? なんでかってぇ⁉ オイオイ勘弁しろよや。あったりめぇやろ」


「こんな何の変哲もねぇ、祭りでもハレ、、でもなんでもねぇ日にあんな服を着れる野郎が、そんな安い遊びを、する意味ぁ、ねぇ」


「じゃぁ、何をしに来た?」



***



「私は、物見に来た」


「噂の異邦人ヴァヴァロイを見物しに」


「滅法に強いと噂のその男を、見定めに来たわけだ」



***



「見定められたらどうなるかぁ?」


「研究される」



***



「研究したくてね」



***



「持って帰って開いて探って揃えて並べて上から下まで隅から隅まで右も左も天地も攫って余すものなく残すことなく髪の分け目もつむじの向きも目くそ鼻くその目方まで一も二もなく二進にっち三進さっちも四の五のいえねぇ有様になるまで」


「徹底的にだ。徹底的にだ。見聞きしたものをしゃぶり尽くしてあらゆる手管をしがんで吸って、相手に何を指されても返せるようになるまで。徹底的に、徹底的にだ」



***



「強い相手と指すのなら。本番前にしっかりと研究をするのは、当たり前のこと」


「ましてや相手が異邦人。『この世界にまだない盤上真理』を知りえているとしたら」


「私に言わせれば、今日まで彼に負けたショーギ指したちは、負けて当然、しかるべきだ。何を隠し持っているかもわからない相手に、徒手空拳で挑みかかっているようなものだ」


「そのうえ話を聞けば、皆なぜ負けたのか理解している」


「理解できる程度、、の『私たちが知りえる術理』のみで、打ち負かされている」


「もちろん、彼はそんな秘伝を持たない、我々と同じ位階にいるのかもしれない――だが、もしも隠し持っているとしたら?」



***



「そりゃあ困るね。大いに困る。もしも俺なら、しっぽを巻いて逃げ出すほかねぇ」


「『知らねぇ新手』なんつぅのはな、俺たちにとっちゃ。俺たちショーギ指しにとっちゃ、目玉に刃物突かれるよりずっと、おっかねぇ」



***



「そしてもし、それを私だけが引き出せたとしたら」


「研究し対策し万全に備え」


「その上、『我が物にできたとしたら』」


「と、思えば。その片鱗、ほんのつま先だけでも知ることは、一敗地に塗れたとして余りある価値がある」



***


「何を」


 アルフォンシーヌは。


「言っているんだ? 貴殿は」


 混乱する。


「要するに、あなたはあの、リョマに、あの男が『異界のショーギ戦法』を知っているかもしれない、と、そう見込んで偵察に来た。そうだろう? だが、負けたじゃないか。私でもわかる。まっとうな、まっとうなショーギで負けた。負けたぞ? あの男は」


 目を盤上にやれば、いまだに投了の盤面はそのままだ。


 なんなら、進行の細部すらいまだ瞼の裏に浮かべられる。


 互いに牽制を重ね、いざや開戦したならば先手の一手差が有利となって一気呵成。受け手が一呼吸の隙を見計らって抵抗を試みるも、順当に危なげなくねじ伏せられ。最後はまるで路傍の花を手折るかのように、いっそ優雅に。


 なんなら、負ける側のリョマに『美しい負け方』を心掛ける余地さえ与えていたのではないか、と思えるほど。


「古式ゆかしい、とさえ言っていい。なんならこの投了図を額に入れたいくらいだ。完璧に、完璧に『私たちの知るショーギ』そのままだ」


 だからわからない。


「つまり、あの男の中に『異界の知られざる戦法』なんて、無いということじゃないのか? ――あなたは、この結果をみて、なぜそうまでアイツの中身に、得体のしれない何かが隠れていると信じようとする?」


 そもそも、自分は。


「あいつは、あいつはただのショーギ指しだ。何の変哲もない。ただ、尋常に強いだけのショーギ指しだ。そうじゃないのか?」


 違うのか? と、問うている自分は、違っていてほしいのか、そうじゃないのかすら、わからない。


「一体、なぜ、奴が尋常とは違うというんだ。何を根拠に」



***



「俺の迂闊さよなぁ。まぁ、いやぁ、全く全く。気が抜けた」


「爺ども、、と遊んでるところを、見られっちまった」



***




「根拠はありますとも。彼は隠し持っている。『我々の知りえない術理』『数段上の位階の盤上真理』を」


 そういってランベルトが見たのは、最前までリョマが老爺と指していたショーギ盤。


「そうでしょうご老体」


 の、さらにもう一つ隣、、、、、


「――あなた方三人がかり、、、、、の術理によるへし切を、手玉に取ってみせたのですから」


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