第32話 ●


 お願いしますのお辞儀をペコリ。


 振り駒ちゃらちゃら、ランベルトとやらの先手番。


 トントンシャンシャン予定調和の、こいつも綺麗な『仮面舞踏会』を踊りやがる。


 クッソ……。


「いやぁ先生、流石のお点前。料理に酒まで見えてきそうな豪華な舞踏会だぁ」

「なにをご謙遜。並みの師範では及びもつかぬ足運び、これは良い相手に巡り合った」


 調子にも乗らねぇ。


 俺のトンチキ大暴れにもブレやしねぇ。


「へへ、おほめにあずかり恐悦至極、歓喜の至りってなもんで。流れの博徒にゃ荷の勝つ看板でさ」

「――過ぎた謙遜が、君の国では美徳なのかな?」


 パチリ、と動かす一手のさりげなさ。


 から、透けて見える。自信と経験と、警戒、、


「さぞ国では名の知れたことだろう。まったく礼儀のなった男だ、、、、、、、、

「……いやぁ、なんてこたねぇさ」


 この野郎。俺を見定めてやがる。


 それも正確に。


 クソが……。


***


『仮面舞踏会』――相矢倉ってのは、将棋の王道。純文学。


 双方組んで、先手が攻めて、後手は捌いて反撃する。がっぷり四つ、取っ組み合いのつかみ合いだ。――刀の切先突きつけあって、チャンチャンバラバラ、一息の隙でズンバラリってな緊張の連続だ。


 はっきりって、泥くせぇ。誤魔化しも奇策も付け入れねぇ。とことん言い訳のねぇ実力比べ。だから、この男はこれを選んだんだろう。


「踊りきれりゃぁ――」


 精一杯卑屈に、下卑て情けなく笑ってやる。みたけりゃ涙だって出してやる。


「お次も声がかかるんで?」


 そしてとことんさわやかに、鷹揚に流される。


「曲がかかればいつでも踊るさ。選り好みをするほど偉くもなれていないのでね」

「そいつぁ先生、引く手あまたでお困りでしょうや」

「それほどでも。どうも、嫌われ者でね」


 だろうよ。


 攻める。


 ランベルトが、攻める、攻める。俺の受け手を咎める。そいつを捌く。捌いて返して、捌き返されまた受ける。棋譜並べみてぇに進めていく。


 お互いがお互いの手を知ってるかのように進んでいく。正真正銘ノータイム、間髪入れない進行だ。ともすれば相手の指が駒から離れてねぇんじゃねぇかってほど、急ぐ、急ぐ、急いで進める。


 やめろよ赤毛。こんな程度で目の玉丸めてんじゃねぇ。


 これは本当に棋譜並べなんだから。


「だからやりづれぇ」

「――?」

「甘く見てくれよや。よそ者ぉイジメやがって」

「フッ……」


 やめろ美形。ほくそえみまで絵になるのかズリィぞ。


「三人相手に『遊ぶ』ような輩が、ただの埒外者であるものか」


 そうして目配せするのは、俺が最前指してた盤だ。


「老人は労りたまえよ」

「負けたらそうする」

「そうだな。それでいいだろう」


 俺が勝ったら、の話はしない。


 する必要がない。


***


 俺ぁこの国の矢倉の呼び名が嫌いだ。つーか、今、この一局ではっきり嫌いになった。


 予定調和? 足を踏まずに? 曲にのって?


 踊りなれてりゃ余裕だろって?


 そりゃそうだ。なめんじゃねぇ。現代日本の将棋指しをなめんじゃねぇよや。相矢倉なんざ夢に出るまで指しつくした。


 こんな当たり前の、尋常の将棋、死ぬほど指してるんだ、俺もコイツも、、、、


『このくらいの将棋は、指が覚えるくらい指してるに決まってる』って、この野郎、俺を買ってやがるんだよ。


『最後で踊れる』のなんざ重々承知で、曲をかけやがったんだ。


 知りたいのはそこじゃあなくて、勝ちが欲しいんですりゃありゃしねぇ。


 足運びっから目配せの色、息継ぎの調子まで。噂の、噂しか聞こえてこねぇ『得体のしれないなにがしか』の正体を、力づくでひっぺがしにきやがったんだ。


 トンチキ埒外だと思ってくれりゃあ御の字。


 敵いっこねぇと思い込んでくれりゃあ万々歳。


 相手にならねぇと見くびってくれりゃあ、この上ねぇ。



 まっとうに測られるのは、味が悪い。



 解っていたから、、、、、、、誤魔化したのに、、、、、、、これっぽっちも乗ってきやがらねぇ。


 いけすかねぇ。


 互いの手が速度を落とす。


***


 そして。




 俺は、ランベルトに、負けた。

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