第31話 役者と役者

 いくら俺でもなにもその場のノリだけでこんな吠え方しやしねぇ。


『先生』とかいう野郎を一目見た時から、まぁ、芯から反りのあわねぇ野郎なんだろうぁってのが、わかっちまった。


 ちょいと話は変わかぁるんだが、この国で暮らして何が不便したかってぇと、衣食住なら圧倒的に『衣』だった。


 メシなんてもんはよっぽどでもなきゃ食えねぇこたねぇし、どんな国のどんな奴でも「もうちょっとマシな食い方」を追求するもんだ。この国の料理は慣れねぇ味でこそあったものの、まぁまぁたいがい食えたもんだった。


 大体、日本にいた時だって逐一食いモンにこだわるような暮らしぁしてなかったからな。――本音を言えば、そろそろソースの味が恋しかあるけどよ――


 住処もそうだ。雨風しのげりゃ文句ねぇし、まさか五つ星ホテルじゃなきゃ眠れねぇなんていうつもりはねぇ。


 だが、服だけぁ別だった。まったく違う。まったくお話にならねぇ。日本と比べりゃ、この国のそれぁはっきり言って襤褸っ切れの塊だ。


 俺のために最初パチ公が準備したのは、まさかの貫頭衣、、、だったんだから、わかるってもんだ。


 よくよく考えりゃあったりまえだが、工場からパカスカ湧き出る大量生産どころかオートクチュールの一品物ですら、この国じゃあ日本以上に手間暇がかかる。どころかその前の、布づくりっから、どえれぇ手間の産物なんだ。


 しこたま稼いでお大尽決め込んだ俺がようやく手に入れたのが、申し訳程度に襟、袖、裾の縫製された中古品。それも店主がダニ除けの燻製をかましたせいで妙に黄ばんじまった代物だ。


 それが、『先生』とやら、いい服を着てやがるのさ。


 絹かね? 上下とも見るからにおろしたての「注文品」で、なんと驚き金物細工のボタンがついてやがる。――服を留めるために、金物細工だ! これに驚ける程度には、俺だってこの世界になじんでるのさ――


 稼いでるんだ。


 どえれぇ稼いでるんだよ。目の前の『この辺の連中全部に紐付けれるような商人の旦那』とおんなじくらいに。


 そしてそれを隠す気もねぇ。――しっかりわかって、やってやがるんだ。


 儲けて稼いで左団扇のショーギ指しだぜ、って見せつけることの『力』をわかってやっていやがるのさ。そうじゃなくっちゃ、あんなトカゲみてぇな目で、俺の身恰好を値踏みしやしねぇや――!


 全く気に食わねぇ。


 こいつも俺の同類だ、、、、、、、、、


「カネモチ! キライ! カネヨコスオレモウカルダイスキー! シャー!」

「――プブリオ殿? 相手は話の通じる異邦人と聞いていたのだが……?」

「プヒィ! さっぱりわからん! 突然壊れた!」

「それは難儀な。異邦の風土病でなければよいが」


 そのスカした余裕っぷりも気に食わねぇー!!!


 普通に美形なのもー!


 身長たけー! 長髪サラサラー! セフィロスかよ!


「クッソぁ! ちょっとイイ面してっからって調子のんなよ! ウチの国じゃあおめぇ程度の顔面、おう、まぁ一握りしかいねぇわ! やーいお前の顔面CGモデリングゥー! デジタルリマスター4Kぇー!」


 だめだッ!! 顔はイジれねぇ! 見れば見るほど美形だ畜生!


「チッ……、なかなかやるじゃねぇか。一つ貸しにしといてやる! だがまだ負けたわけじゃなぇからな! 覚えてやがれ!」

「プヒ、なぜ勝負が始まる前からそんな捨て台詞がスラスラ出てくる……?」


 答:顔合わせてるだけで敗北感がわく美形だから。


「ふむ……、何が何やらさっぱりわからない。彼はいつもこうなのか?」

「いつもこうだ。おそらく故郷の因習が我々とはかけ離れているのだと思う。官警として、管理監督の至らなさを謝罪したい」

「赤毛てめぇどこのポジからの言葉だコラ。見えねぇ絵図引きやがってボケカス死なすぞ。事と次第によっちゃ詰所で糞ひってやるから覚悟しとけよ」

「純粋な暴力で応じてやる」


 やめろ。勝てねぇ。


「赤毛には暴力で負けるしよぉ! このいけすかねぇ美形はこの期に及んでスカしてやがるしよぉ! もうやだ! やだやだやだ! 旦那ぁ! こいつらクズだ! 信用ならねぇ! 俺と囲いかえよぉぜぇなぁ! な? な?」

「えぇ……ピッス、ワシも今のところアルフォンシーヌ嬢側じゃけども……。プヒヒ……」

「もぉやだこの国ぶえー!」


 こうなったらもうしょうがねぇ! 地べたに仰向けんなって泣きわめきながら回ってやる! 俺悪くないのにー! 絶対悪くないはずなのにー! それが世界の真実なのにー!!


「俺ぁショーギ強ぇえんだからもっと世界が思い通りになれよ! 俺に寄せろー!」

「ピッス……」

「言葉に詰まんねぇでくれ旦那ぁ!」

「プヒ……無理……」

「そっか、まぁそうだよな。オッケー」


 スッと立ち上がって、『先生』に向き直る。


「榊竜馬だ、よろしくちゃん。ショーギ指そうぜ」

「――――――」


 まるっきりキチ、、を見る目の周囲をよそに。


「――――ランベルト・テスティーノだ。もちろん手合わせ願う」


 2秒の考を挟んで、そいつはさわやかに俺の手を取った。


 糞が。


 気に食わねぇマジで気に食わねぇ。


 せめてドン引きしやがれ。暴れ損だ。

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