第29話 いわゆる一つの越後屋さん


「お前、いったい何の話を……」

「だからわっかんねぇならぇれよや。おこちゃまには早ぇ――」


 だの、なんだの。


 押し問答かよンっどくっせぇ、と思ってたからよ。その客は、渡りに船だった。


 ガラララッ! と威勢よく引き戸を開け放って、そいつは道場にやってきた。


「じゃぁまするぞぉい、プヒプヒプヒヒ!」


 どこか子供っぽい高い声と、あたら耳に残る鼻を鳴らすような笑い方。


 なにより、道場中の目線が一斉に扉を向きやがるもんだから、俺までつられて見ちまった。――対局中のよそ見たぁ痛恨だったね。


 すげぇぜ。びっくりした。


 他所モンのおれでもわかる。立派な服に、たらふく食ってそうな突き出た腹。どこまで首でどこから顎の肉かわかんねぇ襟回りにゃこっちに来てから初めてみるような馬鹿でけえ石っこ嵌めたネックレス(鎖は金!)


 あげくピウスのワンちゃん野郎が「これはこれはこんなむさくるしいところにお見えになられるなんて!」だのとのたまいつつ、目にもとまらぬ素早さで近寄って揉み手してやがる。あんにゃろおっぽ引き千切れっかって具合に振り回してら。


 金持ちだ。


 それも絵にかいたような金持ちだ!


 今どき漫画でも出てこなさそうなコッテコテの金持ちだ!


「おいなんだありゃすげぇな。見てみろ赤毛。あからさまに金持ち過ぎて絶対なんか悪さしてそうだぞ。しょっぴいてこいよ」

「……」

「聞いてる? アレ悪い奴だって絶対。まともな金の稼ぎ方してねぇって。どうせ金貸しかなんかだって」


 何こいつ、突然音が出なくなったんだけど。叩いたら直る?


「まぁまぁまぁまぁプブリオさん! まぁまぁ立ち話もなんですからどうか奥のほうにまぁまぁまぁ! 今お茶でも淹れますんでまぁまぁ!」

「プヒプヒッ! 要らん気遣いは無用、プヒッ。催促に来たわけではないぞぅ。安心せい。ピスピスピスッ!」


 ほらみろ!


「金貸しだ! あいつ金貸しだ! はやくしょっぴけ赤毛! どうせ違法な金利でやってんだってほら!」

「…………」

「聞こえねぇの? ハァん? 無視すんなよというか誰か教えろよ誰だよあいつ」

「リョマちゃん、ありゃあプブリオの旦那じゃ。金も貸しとるが手広くなさっとる」


 赤毛の代わりにパオロの爺ちゃんが答える。


「この町一の小麦問屋での。併せて質と金融、ついでに美術商の屋号株も持っとる。この辺の大通りの組合頭でもあるでな。この辺で商っとる連中は大なり小なり旦那の紐付きじゃよ」

「絶対悪い奴じゃーん!」


 役満かよ。もうなんかうれしくなってくるわ!


「もうあんなんウチの国じゃぜってぇ悪人だもん! 払ってねぇ税金で家建つぜ! うわすげぇマジで今どきアリかよ! うへぇー! 写メりてぇ!」

「ピスゥ! さっきから聞こえとるぞい! プヒヒッ!」

「うるせぇよなんだよその鼻息はよぉ!ひゃぁー! キャラ付け濃いわー! ひぃー! 腹いてぇ!」

「これは生まれつきの鼻炎だ」

「あっ……」


 ごめん……。


「ピスゥ……」

「ごめん、あの、ごめんなさい……。病気をおちょくるのはダメでした……」

「プヒッ……。かまわん……、慣れとるでな……。自分の見た目も承知しとる……プススッ……」

「花瓶みたいな、その、円筒形のものをわきに挟むとちょっとマシになるって聞いたことあるから……。よかったら……」

「ピスス……。試してみよう……」


 よかった。鷹揚な旦那で。


「あの旦那いい人だな?」

「リョマちゃん、もう少し反省せい」

「あー、かまわんかまわんパオロ翁。ピススッ、異邦人ヴァヴァロイが来とると知って今日は顔を出した。プヒッ。多少行き違いもあろう」


 ん?


「旦那、ひょっとしなくても俺に用事かよ」

「ピスピスピスッ! その通りぞい! この道場に噂の腕っこきが来とると聞いての! プヒヒッ!」

「へぇ? いやぁまいっちゃうなぁ。俺ってばそんなに噂んなってんのかー! まいっちゃうなぁー!」

「ピス、おうとも。大いに噂になっとるぞい。ピフフフ」


 そして、大きくピーフゥ、とため息をついて、旦那は腕を組む。


 そのまんま、黙りこくった赤毛に、目を向けた。


「『赤鬼ウベルド』の娘が、頭のおかしい異邦人ヴァヴァロイを首輪付きにして賭場荒らししとる、とな。ピス、派手に遊ぶでないか、アルフォンシーヌ嬢」

「……なんのことだか」


 ……。


 おい。


 お前かよ!


 お前メインの客かよ!


「というかなんだよ『赤鬼ウベルド』って! やめろ⁉ 俺を巻き込んでわっかんねぇ話をすすめてんじゃねぇ!」

「なぁんのことだか」

「ごまかせるとおもってんの⁉」


 おっかしぃと思ったんだよ! あんな馬鹿みてぇな稼ぎホイと投げんの!


「おれぁ御免だぞ! 何にも知らなかったんだ! こいつとは何の縁もゆかりもねぇー! 信じてくれぇ旦那ぁ!」

「アルフォンシーヌ嬢、犬の忠誠心が甘すぎるのではないか……? ピスッ……」

「違うんだよぉ! 俺はショーギが指せりゃいいんだ! 旦那が囲って指させてくれるんなら今すぐその靴を50ペロほど舐めてピカピカにすっからよぉ!」

「うーん。金と機を見るに敏なのは嫌いではないプヒ。じゃが、今日はお前を囲ってやるわけにはいかんのだ。ピススッ」


 そんなイケズいわねぇで旦那ぁー!


「じゃが、安心せい異邦人ヴァヴァロイ。ショーギは指させてやるぞい。ピスッ」

「……んあ?」

「ワシにも囲いの手のものがおる。プヒヒ。そやつがお前と一度指したい、と言うでの。ピススッ」

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