第28話 悪の栄えぬ試しなし
「老いぼれ相手とはいえ
「うちの国じゃ棒銀は妖怪爺の代名詞だよむしろ」
「さぞ頭の固いかびた漬物じゃろなぁ。リョマちゃんみたいな若者に抜かれて意固地なんじゃな」
「元気に俺より強い若者を叩き殺す70代だ」
「妖怪か?」
「だぁら言ってるだろうが。お茶目で愉快な妖怪だ」
楽しく健全で明るいショーギに勤しむ俺。
「562年発布の『市民の風紀と文化的遊戯の自由についての宣言』及びそれに基づく賭博法において我が国では二名の自由市民の間には自らの可処分所得を月収の20分の1を超えない範囲で双方の合意のもと賭博に用いる自由が認めとるのじゃぁー。横暴じゃぁー。市民権の侵害じゃぁー」
「いえ、しかし、あの男については我が国の市民権を持たず……」
「517年のエルクリウス流浪民裁判以来の判例では市民権をもたない者と自由市民との間に交わされる賭博行為については自由市民側に親告の意思がなければ法には触れないのじゃぁー。前例になき法の恣意的解釈に基づく違法検挙じゃぁー。官憲の暴走じゃぁー」
「やり辛いおじいちゃんだな……⁉」
と、元公証人らしいコルネロ爺ちゃんにやり込められるアルフォンシーヌ。
いいぞ。もっとやれ。
「いや、でも、月収の20分の1で本当に収まって……」
「一枚2ティナリの安コースターをたわむれに賭けとるだけじゃぁー。金銭の直接授受はなぃー」
「今まさにあなたの後ろで多額の現金と交換されている気がするのだがっ……!」
「ピウスはコースターコレクターなんじゃぁー。奴がいくらで買い取ろうが自由な経済活動じゃぁー」
「諦めろ。ここの爺どもの悪知恵に勝つのは50年早い」
んで追いつく前にボケられた挙句墓穴に勝ち逃げされる。つまり無敵。
というか意外だ。
例の賭場のボンボン連中みてぇに、悪さを袖の下でごまかそうなんて行儀の
そのくらいの見識、この赤毛なら持ってるもんだと思ってたんだが……。
「お前、ひょっとしてポリ公としても大したことねぇの……?」
「うるさいうるさい! 法に反してるかどうかなんて現場は知らなくてもいいんだ! 怪しい奴はしょっぴく!」
「一番たちが悪りぃタイプじゃねぇか……」
まぁ、実際そうされねぇといくらでも悪さするタイプの人間が俺だから、一概に悪りぃともいえねぇけどよ。
「というか、あの子はどうしてるんだ……私の味方……竈の件をごまかしたのを怒ってるのか……」
「パチ公なら、ほれ」
道場の隅、一等ぼろい盤駒のある一角を顎でしゃくる。
そこでは、ピウスを初めに五、六人がたむろして、パチ公の手筋をあーでもないこーでもないと品評していた。
と、いうか、指南といったほうがいい。
「ああ、だからね。相手が
「リョマはほっといて別のことするナ?」
「あいつの受け方は変態だから真似したら頭おかしくなるよ」
うるせぇ。
「……
「捌き方じゃねぇな、むしろ『応え方』って感じだ」
いつぞやのようにダンスに例えるなら、「踊りませんか?」と差し出された手を握る、そのレベルの話だわ。
俺は「いいぜぇ!」って叫びながらコサックおっぱめるのだってできる。あいつはお辞儀をして頬っぺたリンゴちゃんにするところからお勉強、それだけの話。
「……んな有様で他人様の将棋にケチつける?」
ちゃんちゃらおかしいね。
俺のクニなら通天閣前の大駒の下敷きにしてやるのによ。
「ちゅーわけだ。あいつはダンスのお勉強中。俺はおじいちゃんと健康健全ショーギで親交を深めてる。お前の出番はないからさっさと帰れ」
「健康……健全……いや、百歩譲ってそれは認める、認めがたいがまぁ認める、が……」
とかなんとか言いながら、進んでいく俺の眼前の盤面を見下ろして、アルフォンシーヌが言う。
「その、これは単純な疑問だ。私の好奇心だが……。お前になんの得がある……? こんな健全な、普通のショーギで。いまさら初歩の定石の攫いなおしか……?」
「……ハァ?」
正気か? この赤毛。
「お前やっぱ真剣むいてねぇわ」
「なんだ! なんでだ! 意地悪するな!」
「……『意地悪』されても気づかねぇだろ、お前」
ちょっと隣の盤をみりゃ気づくもんをよ。
「俺ぁな。悪知恵勝負しにきてんだよ」
目の前のパオロ爺さんが片眉をピクリと動かした。
気づかねぇふりをして、俺は駒を進める。
――ほんと、生き汚ねぇ爺の悪知恵はそこが知れねぇもんだよ。
今この時進行形の『サマ』だって、おれぁ証明も辞めさせもできねぇんだから。
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