第27話 天網恢恢を潜るが蛇の道


 俺が町道場を発見し、行きつけにしてから三日後の事。


「違法な賭場が開かれてはいないかぁああ!」


 擬音にしたらズッパァーン! って感じ。


 道場にアルフォンシーヌが乗り込んできたときの剣幕と言ったらなかった。というか完全にガサイレのそれだった。なんせ後ろにザコハゲツインズおよびそのクローンみてぇな官憲連中を十余人は連れてる有様だ。というかお前の手勢総出じゃねぇんか。俺が何してると思ってんだ。


 俺は普通にショーギさしてるだけなのにねぇ。


「ねぇ? おじいちゃん」

「おぉ、なんじゃぁ、リョマちゃん悪さでもしたんかぁ?」

「おっかないのう。こんなに礼儀正しい良い子なのにのう」

「なんかの勘違いじゃろぅ。のぅ。リョマちゃんが悪ィことするわけないもんのぅ」

「ねぇ? だよねぇ?」


 にっこにっこ。ピカピカ笑顔。朗らか健全。


 道場のおじいちゃん連中に頭をかいぐり撫でられつつ、後ろ手にぶっ立てて見せた中指の意味は何となくアルフォンシーヌにも伝わったようで。


「……ブッコロ!」

「たすけておじいちゃーん」

「こりゃ! 市民をいじめるでない!」

「公権力の横暴じゃぁー。市民権の侵犯じゃぁー」

「お、ご、が、ぐ、ぎぃいいいい! ああああ!!!」


 俺。社会の信用を獲得しています。


:::


「なに? はぁ? おれ普通にショーギ指してるだけだし? お巡りさんにケチつけられる謂れはねぇし?」

「嘘つけ。絶対嘘だ。無辜の市民に無体を働いているんだろう。キリキリ吐け。吐きつつ徐々に死ね!」

「本当じゃよー。リョマちゃんは真面目ないい子じゃぁー」

「礼儀正しいしのぅ。優しいしのぅ。毎日こんなジジイたちの相手をしてくれてのぅ」

「ご老体! 騙されてるんです! こいつはショーギに関する以外のあらゆる面で人格が破綻している異常者なんですよ!?」

「なんということを言うんじゃぁー。ひどいのぅ。ひどいのぅ。今時の若者は何という口をきくんじゃぁ」

「かえれーぃ。公権力にわーぁ、健全な市民の交流に口をはさむ権利などなぞぉーぃ」

「なーい! ピロピロピロピロ!」

「今! 今凄く私を小馬鹿にした! あなた方の言う優しい良い子が私のことを侮蔑した!」


 俺を後ろ手にかばい、立たない足腰を奮い立たせて、というかふるわせて、なんなら杖を振り上げて官憲を威嚇するおじいちゃんたち。と、その後ろで舌を出して踊る俺。わなわなと震える赤毛。ざまぁねぇぜヒャアア!


「つーかな! 俺は正真正銘ここじゃ悪さしてねぇ! 俺ぁショーギさしたかっただけだっつンだよ人のこと極悪人呼ばわりしやがって!」

「三日前、黒髪で肌が黄色く顔の平たい異邦人が辻で賭け事をしたあげく負かした市民に腰縄をつけて拉致したという目撃情報がある!」

「へー、おっかねぇ」

「白を切るにしてもせめてもう少し手間暇をかけろしょっぴくぞ!?」

「んなこと言われてもなぁ。なんか似たようなことはしたけどなぁ。なぁピウス?」

「んー、まぁそうだな。なんていうのか、噂って大きくなるなリョマ」


 ちょうど今日も道場にいたアンちゃんの肩に手を回す。このアンちゃんもなかなかのショーギ好きで、この三日、暇さえあれば道場で向かい合った仲だ。今やすっかりマブよマブ。


「ん? え? あなたが腰縄をつけて市中引き回しの上往来で腹踊りをさせられたという……?」

「ハハハ、まさかそんな。大げさになってますよ。まぁあの時はお互い気が立っていたというか、売り言葉に買い言葉でちょっと恥ずかしい目を見ましたけど。お互い納得ずくですしこの通り和解してますよ」

「なー? おれら仲良しだもんな。握手握手」

「な、そんな、まさか……。あのド外道が人類と友好的な関係を築いているだと……? そんな……」


 額を抑え、よろめき、膝をつくアルフォンシーヌ。


「神は、死んだ……?」

「オメーほんとに俺のことなんだと思ってたん?」


 そこまで? そこまでか?


「じゃ、じゃあ本当にお前は健全にショーギを指しているだけで、まったく私が心配するようなことは無かった、と……?」

「そーだよ。何回いやぁわかるんだよクソポリ。いいからとっととけぇーけぇーれ」

「ぐ、う。いつもいつもあんなにうちの若い連中をいじめていた癖に……」

「そりゃテメーらが先に喧嘩うってきたからだぁろぉがや」

「うっ」


 胸に手を当てて考えてみやがれ。どいつもこいつも第一印象が『ザ・敵』だったじゃねぇか。


「俺だってね。人間なんですよ。同じものが好きなふつーに付き合える相手と仲良くやれるの。ううーん? おわかりぃー?」

「そういわれるとそんな気がしてきた……」

「しかもお前らはさぁ。俺のことを殴って拉致って監禁して、わけのわからない取引がどうたらこうたら因縁つけてよぉ」

「その、それは、終わった話じゃないか……」


 あげくげらげらとパァプゥみてぇに高笑いしてきれいに負けてよ。


「なんじゃ! リョマちゃんそんなことされとったのか!」

「相手が自由市民でなければ何をやってもいいと思っとるんじゃなぁ官憲は。怖いのぅ。政治不信に陥るのぅ」

「う、ち、違うんですご老体方。じ、事情があって……」

「どんな事情があるというんじゃぁ。無体じゃぁ。横暴じゃぁ」

「怖いのぅ。わしらもしょっ引かれるんかのぅ」

「そんなことは! ええと、ええと……」

「十人長……これは旗色が悪いですよ……」

「どうにもだめです。絵にかいたような悪役ですよ私たち」

「なぜだっ……! その絵にかいたような悪役を捕まえに来たはずなのにっ……」

「まぁ、なんだ」


 ぽん、とアルフォンシーヌの肩に手を置いてやる。


「悪いこと言わねぇから、帰れ?」

「ん、ぐぅううう……」


:::


「帰ります……お騒がせしました……」

「帰れ帰れ! 二度と来んなピロピロピロピー!」

「くぅうううう……」


 ピシャン!


 赤くなったり青くなったり忙しいアルフォンシーヌを追い出し、涼し気な音さえ立てて扉を閉める。不思議なもんで、なんでかこの国の店屋てんやの扉様は日本にも似た引き戸が多い。大したもんだ。立て付けぁ抜群で、ピシャリと閉まって表の喧騒が一層に遠くなる。


「いやぁ、ごめんなぁじいちゃんらよぉ。俺のがお騒がせしてさぁ」

「気にするでないわぃ。若いうちはお巡り連中に目をつけられるもんじゃ」

「なぁに、ちょっとした悪さは男の勲章じゃぁ。爺はそれをかばってやらんとのぅ」

「すまんねぇ。ほんとお世話になっちまって……」


 ぽりぽりと頭を掻きながら、俺は今一度盤の前に座り。


「だからって手加減ぁしねぇぞジジィ共オルァ!」


 腕まくりをして、両手の中指をおったて、唇を引き裂くように釣り上げて吠えた。


「おお! 言いよったな若造! 今日こそ歳の功っちゅうもんを教えてやるわい!」

「お巡り風情も一人で追い返せんひよっこがぁ! ジジイの生き汚さに勝てるとおもぅてか!」

「悪さのスケールがちっぽけなんじゃよぉクソガキ! 老いぼれの武勇伝の肴に加えてやるわぁ!」


 この、真剣師の天国みてぇな文化のこの国で、真昼間っから将棋道場にたむろしてるようなジジイどもが『健全なショーギ』しか差さねぇわきゃねぇわな。


「あの、いま目をつけられたところだし、今日のところは大人しく握り、、なしで……」

「「「「るっせぇぞ『負け犬一号ワンちゃん君キャイーン』!!!!!!」」」」

「キャイン……」


 敗者に挟まれる口なんざねぇ!


「ヨッシャぁバッチコイジジイどもぁ!! 葬式代から孫の小遣いまでかっぱいでやるぁ!!」


 百戦錬磨の腐れ老いぼれ連中との聞いて驚き十面指しだぁ! ヒャアアアアアアアアアア!!


「やはりかこのクソ外道!」


 ズッパァーン! って感じ。


 チッ。

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