第26話 男子三日会わざればゴジラ
とあるちいさなショーギ道場に通う老人曰く、その日は朝から良く晴れていたのに、昼を過ぎたころ突然、西の空から雷雲が立ち込めたそうな。
人々が怪訝に思って通りに出ると、まさしく黒雲立ち込めるその方角から、珍妙で剣呑な、見たこともないような者がやってくるのが見えたそうな。
黒髪、黒目、粗末な服と一等安い木靴の癖に、その上から何人分もの服を重ね着した、見ない人種の異邦人。
その手に握られた縄の先には、腰巻一枚で首につながれた若い男。
半裸の男はまさしく老人の通うショーギ道場の門下生の一人であり。腹には、乱雑に墨で一筆、『私は負け犬です』と書かれていたそうな。
おののく道場の面々が思わず道を開けてしまうと、異邦人は、ずかずかと上がり込んで、地の底から響く様な、それでいてねっとりと耳に残る声で、一言こういったそうな。
――サケェ……。メシィ……。カネェ……――
キチガイかよ。おっかねぇ国だな。俺でもこんなことしねぇよ。
でもその異邦人はリョマって呼ばれてるらしいぜ。なんでだよ。
心当たりはあるっちゃあるけどよ。
まぁ似たようなことはしましたよね。
噂って怖いですね。
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「てめぇふざけんなよ今すぐ道場連れてけ教えろ教えろおーしーえーろー!」と大音声で駄々をこねること30分。何の成果も得られませんでした。
アルフォンシーヌは普通に「さぁて、続き続き」と仕事を始めてガン無視を決め込みやがるし、あきらめてザコハゲツインズを問い詰めに行ったものの、「故郷を焼かれても教えるなと言われています」「というか命令されてなくても教える気がありません」などと抜かしくさる。軽く面罵して涙目にしてやったが結局口を割らなかったしよ。「便秘一年越しの脱糞でワタまでひりだして死ね!」とか捨て台詞吐くのが精いっぱいだったわ。
畜生め、俺が何をしたって言うんだ。こんなに善良で温厚で控えめな一般人をいじめやがって公権力め、お前らなんか嫌いだ。
「せぇっかく人が穏便に済ませてやろうと思ったのによ。なぁ?」
「アッハイそうですね……」
「あいつらが素直に教えてりゃあこんな手間ぁかかんなかったんだよ。オメェも飛んだとばっちりだな。災難だわぁ。同情するぜ」
「アッハイどうも……」
同道する若けぇアンちゃんに同意を求めるが、いまいち反応がよろしくねぇ。なんだろーなー、おっかしぃなぁー。ついさっきまではその辺の広場の隅で楽しそうにショーギ指してたのになぁー。
こうしてちゃんと、ショーギを通じて仲良くなったアンちゃんに、自分の通う町道場を教えてもらう程度の社会性は俺だって持ち合わせてるんだぜ。まったくよ!
「アッ、あそこ。あそこの建物が道場です……」
「おおわりぃねぇ、いやぁほんと助かるわぁ」
「アッハイ、じゃあ、僕はこれで……」
「まぁまぁまぁ、そう言わんと折角やし前までちゃんと案内してくれや。な?」
「エッ、アッ、アッハイ」
「なんやふわふわとした返事をぉ。これからは同じ道場に通う仲になることやし、あんじょう仲良ぅしとくれや、なぁ? 俺のことも気軽によぉ。リョマって呼び捨てにしていいんだぜ?」
「アッハイ、うん。はい……」
ワハハ。俺たち仲良し。
目的の道場は中々に盛況で、建物の前に置かれたベンチ席まで人が座ってばっちんばっちん指してやがる。いやぁ、なるほどねぇ。今後こういうのを見かけたらまず道場だと思えばいいってこった。
道場だと思えば、あとはこちらも手慣れたもんよ。
日本でするようにやりゃあいんだろ、たぶん。
「んじゃ、おれぁ中入って挨拶してくっからよ。ありがとなアンちゃん」
「アッハイ、それじゃあこれで……」
「挨拶すんだらもっかい指そうぜ?」
「エッ、アッ、エッと、あの……」
「よっしゃ、行くかぁ。たのもー!」
「どうしたんだピウス! なにがあったんだ!」
「僕の名前は『負け犬一号ワンちゃん君キャイーン』です!」
「本当にどうしたんだ!?」
なんか聞こえてきたけど、気にすることもねぇや。
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