第25話 暮らしにこびりつく諸々のこと

 きまじぃ。


 俺って人間は自分で言うのもなんだがそりゃあ短気で荒っぽい。口も悪りぃしガラも悪りぃ。良いのは頭と顔だけだ。美男子はつらい。カァーッ!


 とはいえ、だ。短気で荒っぽい人間の常で、怒りってのは長続きしねぇ。水に流せるわけでもねぇが――ねぇからこそ、頑固にこびりつく。フライパンのカレー汚れみたいなもんだわな。冷めると手に負えねぇ。


「メシできたナ。食え食え」

「ん」

「鶏肉安かったナ。固ってぇけど。そろそろ魚くいてぇナ」

「ん」

「ここの竈ボロ。パン焼けねぇ。明日ジュウニンチョに文句言うナ。毎日パン買うしたらカネ幾らあっても足りねぇナ」

「ん」


 と、まぁ。


 拗ねつくした反抗期のクソガキと動じない母親みてぇな生活が始まってしまったのだった。


:::


 アルフォンシーヌが用意したボロ屋だが、どうにも生活感がねぇのは家具がねぇからだけでもないらしい。大通りと言わないまでもそれなりの通りに面した立地なんだが――むしろ、だからこそ。人が暮らすための『家』というよりは、何かしかの店屋に使うのを想定しているような作りに思える。


 木とコンクリ(っぽい、無機物だ)と多少の石で作られた二階建てで、一階は広めの土間と板の間、奥まったところに申し訳程度の炊事場がある。炊事場の裏手に水瓶を纏めておける程度のスペースと屋根があって、まるでチャリ小屋がくっついてるみてぇだ。


 そして二階に上がると、全部で四部屋。個人が寝泊まりするのには十分程度の個室がある。ベッドを用意してぇところだが、なんでも嫁入り道具並みのでけぇ買い物らしい。手配がめんどくさくて、適当な敷物を重ねて床布団で寝てる。


 朝。俺が起きてくると、すでにパチ公は飯の準備を始めている。


「オハヨー! メシすぐナ。茶ァでもシバけよシャッチョサン」

「ん」

「昨日ナ、竈のケチつけに行ったらジュウニンチョお菓子くれたナ。アマイアマイ。食うか?」

「ん」

「はぁー、しかし皿もコップも足りねぇナ。買いてェ。食事分の予算から割いて買い入れてもよろしいでしょうか旦那様」

「ん」

「んじゃぁ今日買ってくる。別に中古で構わねぇナ?」

「ん」


 新発見なんだが。なんでかオレのカネを使う話になるとパチ公は固い言葉遣いになる。最初はギャップが酷くて何言ってんのかわかんなかったが、「ん」だけ言ってるうちになんか丸く収まった。


 そんでまぁ、日がな一日過ごすわけだ。三食昼寝付きでな。


 ……別に、許した覚えはねぇ。


 水に流した覚えもねぇ。ただ、熱量を失って固くなっただけだ。


 カレー汚れといっしょさ。固くなったら手に負えねぇ。


 しかも、一度カンカンの炎で火にかけられて、焦げ付いたそれとなれば、なおさらだ。


 ので、たまにアルフォンシーヌのところに八つ当たりに行く。


「おう! こら! ザコハゲ一号及び二号! 強めに叩かせろ!」

「ひぃ!」

「また来た!」

「お、お前ら、十人長には知らせるな! ここは俺たちがくいとめる!」

「なんだテメェ大きく出たじゃねぇかいいぜオイこらかかっていよッルァン?」

「あ、勤務中ですからショーギは指さないので」


 クソが!


「ハァ。いぢめかっこわるい。それよか早くしねぇと魚無くなるナ。足速いすぐ売る昼でなくなる。魚屋丸儲けナ」

「ん」

「もー、返事ばっかで動かねぇ。指さないって言ってるんだから迷惑かけちゃダメナ。早くイクイク」

「ん」

「……まだ拗ねつくした反抗期のクソガキと動じない母親みたいなことしてるのかお前ら」

「十人長!」

「いけません! お戻りください! こいつホントに八つ当たりしに来てるだけです!」

「いや、いい……。今日の書類仕事にめどがついてな、休憩するところだ。上がっていけ……」

「八つ当たりしていい?」

「いや、疲れているから……。お手柔らかに一手指南願う」

「いいぜ。茶と菓子な」

「――じゃあ、魚買ってくるナ。飯作ってるからちゃんと帰ぇれナ」

「ん」


 許した覚えもねぇし、つもりもねぇ。


 俺は、パチ公のぺかっと光る広いデコを見るたび、イラついている。


「そのたびに発散しに来られると正直迷惑なんだが。週に三日は来てるだろ」

「じゃあ人かえろ」

「生憎手がない」


 ぺちん、ぺちん、と覇気のない音で駒を指しつつ、ごちる。


「でもよぉ。ここ以外で昼間っから将棋指せるとこ知らねぇしよ」

「町道場じゃないんだぞ」

「……町道場なんてあんのか」

「あっ」



 次回。


 異邦人怒りの道場荒らし編、だな、これは。

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