第24話 金にみる夢


 三日間の場を終えて。


「貴君の取り分だ」


 と、どさりとつまれた革袋をねめつける。相変わらず何にもありゃしねぇボロ屋の板の間に胡坐をかきながら、胡乱な目をした俺は、アルフォンシーヌの満足げな顔を見上げた。


「オイ」

「なんだ」

「分け前勘定がおかしかねぇか」


 俺は真剣を指してる。テメェのあっちこっちしたカネの目方、それもたかだか三日の荒稼ぎの分くらい、見当もつけば、分け前の相場も心得てる。


 だからはっきりとわかるのだ。


「テメェの取り分はどうした、これぁ、ほとんど全部じゃねぇかよ、、、、、、、、、、、、

「――存外律儀だな?」

「俺ぁ真剣で勝って、テメェで稼いだんだ」

「うむ」

「乞食じゃねぇ」


 強いから、勝ったから、正しかったから、正当な報酬を得るべきであって。


 恵まれるような身分じゃねぇ。


「良い心がけだな。人間、得る者とは身の丈相応であるべきだ。貴君なかなかに学がある」

「脱線させんじゃなぇよちゃきちゃき答えろなんだテメェ一々あっちこっちしねぇと喋れねぇのはバカのべしゃりだわバァーカ」

「お前が言うな次は殺すぞ」


 しゅっと腰の警棒を抜いて素振りするアルフォンシーヌ。やめろ。物理は勝ち目がねぇ。


「――答えるならば、私が求めている分け前はこの袋の中にはない、ということだ」

「あぁ?」

「言っただろう。用のあるヤツがいる」

「……」

「この三日で出てくるとは思っていない。恐らくは次、一か月後の開帳の折準備されるであろう指し手――に、ウマを差す、、、、、だろう金主に、用がある」


 ぎらり。


 俺と指した時の様な、マグマが瞳の中でちらついた。


「いくらか――具体的には、お前につけた二人に包んだ金と、次の場に上がるための盆代だけ抜いてある。残りはお前の取り分だ。それだけあればひと、ふた月はのんべんだらりと暮らせよう」

「イマイチ話が見えねぇな」

「ショーギに差しさわりが?」

「ねぇ」


 ただ、少しばかり好奇心がうずくだけ、だ。


「ただし、次の場でその金主が出てきたならば――おそらく場に上がるだけでも相応にカネがかかる。次の場での勝ち分は全てその種銭に回してもらう。そのつもりでな」

「勝てると踏んでもらってるのはありがてぇがね。……今更だけどよ、あんなえらっそうな連中吹き飛ばしてよかったのか?」

「? なにがだ?」

「お貴族様ってのは面子をつぶされてじっとしてるのかってことよ」

「貴族? 貴族があんな町の賭場にいてたまるか。あれはせいぜい中堅商会の次男坊やらその愛人やらだ」

「マジかよ」


 改めて革袋を見る。アルフォンシーヌはああは言ったが、それこそパチ公としてたようなゴロツキ暮らしなら半年はしのげそうな額がある。


 そんな額を三日で吹き飛ばす連中が、精々いいとこのボンボンで、しかも飼い殺しの次男坊。


「貴族の賭場はな、金貨を山につんで崩さずとれただけ分捕り、だとか、そういう賭け事をするそうだ」

「金貨の価値がわからん」

「その革袋一つで金貨一枚になるかならないか、というところか」

「ぼく貴族の子になる」

「わたしもなるー! まいにちすごろくすうー!」

「ぼくしょぉぎぃー!」


 きゃっきゃ。


 しってるか。大人というのはな。信じがたい現実を入力されると壊れる。


 いや、しかしなんだな。


 本当に、豊かなんだなぁ。この国ぁ。


「そんだけ上が金もってて、下の人間が平気な面して働いてるんだ。そもそも、豊かなんだな」

「そういうことだ。尊い方々の経済と下々のそれは分離しているもの。そのようにして回っている」


 恐らくだが、その金貨ってのがそのままこういう暮らしで使えるもんでもないんだろう。『貴族社会』という箱の中でだけ循環するトークンみてぇなもんだ。


 カネの流れを切り離すことで、その他の力関係や利害が混入しねぇようになってるのかも知れねぇ。大阪の親父さんとこと似たようなもんだな。下っ端連中で回す『汚れたカネ』と親父さんの周りで動かす『洗ったカネ』を分けて考えるような。


 と、なると、だ。


「貴族の『子』になりてぇなぁ……」

「――」

「決めたぜ。俺はそういう賭場でショーギをする。必ず。絶対にだ」


 リーグが違うってんなら上がりたくなるのが将棋指しの本能よ。


『A』を目指さなくっちゃ、将棋指しじゃあ、ねぇからな。


「悪くないな」


 ふふ、と笑ったアルフォンシーヌの目には、もう熱は無かった。


「その時は私にカバン持ちをさせてくれ。日当は金貨十枚でいいぞ」

「ハゲ二人もつれてきたら二十枚くれてやるわ」

「頼む! あの二人は勘弁してやってくれ! 私ならどうしたってかまわん! 郷里の母に仕送りするのが生きがいの気のいい奴らなんだ!」


 そんな部下を怪しげな賭場に送り込むんじゃねぇよ。


 とか、なんとか。ケラケラキャッキャ。人間、金が目の前にあると鷹揚になる。俺も赤毛もニッコニコだわ。


 そんなんだからおれぁすっかりお大臣気分で、どうにも横着を言ったんだ。


「あとひと月もよ、飯の始末がめんどくせぇ。このカネから差っ引ぃていいから三食用意してくれや」

「ああ、構わんぞ。人を回そう」


 あぶく銭を前にしての横着ってのは、ろくなことにならねぇ。


 何度繰り返しても、忘れちまうんだよな。


:::


「メシ、もって来たナ」


 ひっつめ髪のちんちくりんを見て、げんなりする。


「……ぇれや」

「金貰ってる。仕事するナ。メシイッパイイッパイ。でもこの辺メシマズイ。明日からオレ作ってやるナ」

「……あの赤毛……泣かす……」


 パチ公。三度再会。

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