第23話 目をそらしたいほど見るに堪えない


「まぁ、なんだ。理解した」


 よぉくわかった。


 良くわかった。わかっちまった。


「――帰れるか、と聞かないんだな」

「俺ぁ、こんなとこから帰ってきたって人間を知らねぇ」


 だからきっとそういうことなんだろう。


 そういうことだから。


 俺は、将棋を指すことにした。


 いや。


 ショーギ、、、、を、指すことにした。


:::


「クソザコがッ! 死ね! 死に散らかせ! ザコッ! およびじゃねぇんだよ死ねッ!」

「――この――――クズ――!!!! ――無礼な――野蛮人――――!! ――の気狂いがッ――!! ―――!! ウガァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「金おいて家帰ってマスかいて死ねぇヒャアアアアアアアアアアアア!!」


 俺に派手に負け散らかした名前も知らない誰かさんに中指を立てて煽る事、本日五回目。


 聞き取れない罵倒語なんて言われてねぇのと同じですね。


 大阪弁でお願いします。


「おらぁ! つぎぁ誰だッ! かかってこいやチンカスハナクソクソザコぉあッ!!」


 分捕ったカネの入った巾着を振り回しながら、でけぇ声で煽る。周囲にできた人だかりの誰もかれもが眉を顰めるが、知ったこっちゃねぇ。せいぜい連中にできんのは、俺の行状をヒソヒソコソコソと愚痴る程度だ。


「なんだあの男……品性の欠片もない、まるでショーギを指すに値しない……」

「町のゴロツキよりも酷いぞ……。耳が腐りそうだ……」

「誰か何とかできないのか……。幾らこんな『場』だからといって、あまりにも……」

「なんかピーチクパーチクきっこえますけどぉ? なんですかぁ? だれか相手してくれるんですかねぇ?」

「……」

「無理かぁー! かぁーッ! ザッコしかいねぇもんなぁ!!!」

「お客様……。その、少しばかりお声を控えていただきたく……」


 あんまりにもあんまりな俺の振る舞いに、いかにも『店のボーイ』ってポジションのあんちゃんが声をかけてくる。


 が、だ。


「んあぁん? なに? もっかい言って?」

「その……お声をですね」

「あー、ごめん。俺ちょっぴし言葉が不自由でさぁ。なぁ、この人何言ってんのかな? ねぇ? 教えてよ『俺ととある赤毛の人の共通の友人』のお二人ィ?」


 と、俺の隣で控える、、、、、、、アルフォンシーンんとこのハゲツインズに声をかけると、あっという間に委縮してどっか行っちまう。


「あー! なんだったんだろー! なにかなぁー! 飲み物のサービスか何かかなぁ!! のどかわいたなぁあー!」

「……リョマくんさん様。その……」

「あなたは見下げ果てたクズですねリョマくんさん様……。死にたくなってくるんですけど……」

「別に死んでもいいけど。その時はお前らの同僚引っ張ってくるから」

「うう……ごめん……おかあちゃん……ごめんよ……」

「俺たち……都会で悪魔に魂売っちゃったよ……真人間に戻りたいよ……」


 泣くなよ。ほら。ボーイさんなんか飲み物持ってきてくれたぞ。


 俺は、アルフォンシーヌに紹介された賭場で、荒稼ぎしていた。


:::


 ルールは簡単。ショーギの腕に覚えのあるやつが勝負する。買ったら金を分捕る。以上。


 ちょいと違うのは、どうもここは『身分のある方』が遊びに来るような場だ、ってことだ。


「まず、お前の腕を売る」


 と、初日。俺を賭場に連れ込んだアルフォンシーヌは言った。


「お前は、そうだな。さしずめ馬だ。競って走る。その勝ち負け自体に金をかけて遊ぶ人間がここには大勢いる。一いくらでお前に金が入る」

「ああ? 話がちげぇぞおい。なんだそのチンケな話ぁ」

「最後まで聞け。私の見立てではお前が、――いや、『貴君』がでれば、恐らく賭けになるまい。早晩、特別な盤が立つはずだ」


 それは例えば、俺が何連勝できるか、という賭けであったり。


 俺がどこまで駒を落とせるか、という賭けであったり。


 あるいは。


「貴君と釣り合うだろう相手がどこからか見繕われる。――そして、だれかが大金を被せる、、、というような、な」

「……もちろんその時は」

「貴君の稼ぎも桁違いだ、そして」


 また、アルフォンシーヌは例の顔で、笑う。


「相手は、相応に、指せるぞ」

「……」

「暴れて、暴れて、引き釣り出せ。――この賭場で、私はソイツ、、、に用がある」

「強いんだな?」

「強い」

「なら」


 俺に。


「断る理由はねぇな」


:::


『場』は、なんだかよくわからねぇがバカでけぇお屋敷の大広間だった。月イチ、三日間続けて開帳するそこに、アルフォンシーヌによる身分の保証と、『入場券』代わりのハゲツインズを連れて、乗り込んで今日が二日目。


「ありがとう。これおいしいですね。もっと飲みたいな」

「す、すぐにご用意いたします……」

「じゃあそれまでに、あと一曲終わらせようかな。ショーギを知ってる人がいたらだけど」

「――お、お、お前のような! お前のようなものに! 我が国のショーギの礼法というものを教えてやるっ!!! オイッ! 私が金を出すぞ! 腕のあるものはおるか! この得体のしれないクズを黙らせろ!」

「私もだ! 出すぞ!」

「私も出そう! 我が国の文化を! ショーギの正道というものを教えてやれ! だれぞ!」

「わぁ、うれしいな」


 顔を真っ赤にした何やらお偉そうな人々と、その呼びかけに顔を青くするそんな人々のお抱えらしいショーギ指したち。


 いやぁ。


 たぁのしぃなぁ!!!!

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