第22話 見るに堪えない、目をそらせない
アルフォンシーヌが用意したのは、人気も生活感もねぇ、家具もなきゃなんなら寝床すらねぇ、壁と屋根と床だけこっきりの、そのくせボロの一軒家だった。
「一応、私の所有する不動産だ」
「建てっぱなしでほったらかし、って感じがすんだけども?」
「諸々、な。私は官舎で暮らしている。気兼ねなく使うといい。雨風をしのげれば構わんだろう。最低限必要なものは適当に用意してやる。言うといい」
「使いきれねぇほどのカネ」
「欲しいなぁ……」
冗談だよ。しみじみすんじゃねぇよ。所帯じみた顔しやがってよ。
「ゆくゆくは欲しいと切に思うが、まぁまずは、毛布か? あとは――」
「そんなもんより」
まずは、最初は。
「盤駒を」
「――すぐにでも」
ああ。
それがねぇとな。
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アルフォンシーヌは、言った。
「お前のいた国がどうお前に教えていたかは知らんが、この『世界』というのは、丸い球体なんだ。
「夜空に輝く星と、同じものの上に私たちは暮らしていて、海の向こうの国を通り過ぎるとぐるりと回って帰ってくる。
「国の外にも怪物や奇怪な不思議はなく、ごく当たり前の、多少の違いしかない人間が暮らす国が続くだけだ。
「そして、リョマ」
「お前の居た国は、この星の何処にも存在しない」
真面目腐った顔をして言うもんだから、俺は少し笑いそうになった。
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「異世界、とでもいうのかね……」
板の間にしいたボロ毛布(アルフォンシーヌの詰め所から貸してもらった)に寝転がり、天井を見上げながら、呟く。
要するにあれだ、マンガみてぇなことになったんだ。
少年ジャンプでいつでも一本は連載してるような、日本でも地球でもないところ、が、ここなんだろう。
「……」
納得は、いかないが。理解はしている。そもそも、俺は死んだ。死に散らかした記憶がある。そこからこんなところにいる事実に、どんな理由付けをされたところで、ハイソウデスカ以外に言えることなんてありゃしねぇ。
どんなにわけのわからねぇ、俺の人生で聞いたことも想像もしたこともねぇような出来事が起きたといわれても。
起きているんだから、仕方ねぇ。
「――そして、俺は別に初めてでも無きゃ、ことさら珍獣ってわけでもねぇ」
らしい。
アルフォンシーヌは、言ったのだ。
「お前のように、どこから来たのかもわからない、何をしゃべっているのかもわからない、そういう人間が突然として現れる。そんな出来事も、我が国では記録されているのだ」
「……不思議だぁねぇ」
「全く不思議だ。しかし、起きているからには、事実である。少なくともわが国では『そういうこともある』として受け止められている。――まぁ、日常的なことではないから、雑学や教養に属する知識だ」
「そういうこともある、で済ませていいのかよ」
「それ以外にどうする?」
キョトン、とした顔をされて、言葉に詰まる。
「……こういっちゃなんだが、俺のいた国はこの国よりずいぶんと進んでたぜ。はっきり言うが、生活も文化もずっとレベルが高いと思うね。そういう知識を吸い取ってやろう、とか、考えねぇのかよ」
「そんな知識があるのか?」
「そりゃあ……」
ねぇ。
「お前が、例えば学者や技術者で、自分の持ちうる技術に、技能に価値があり、それを我が国の為に生かそうというのなら、もちろん歓迎しようじゃないか。しかるべき筋にお前の存在を報告し、見合った待遇を与えよう。わが国にはそうして発展した歴史がある」
「……」
「例えば、300年ほど前に我が国では『ガラス』という画期的な素材が生産された。その製法を伝来したのは、ある村にある日突然現れた言葉の通じない旅人だったそうだ」
そいつは、すげぇ。
そう、そうだ。俺は、日本の暮らしがここより進んでることは知ってるが。
その理屈は、なにも解らねぇ。
ガラスどころか、木の伐りかた、土の掘り方すら、怪しい。
「そういった、どこから来たともしれぬ――
「俺のいた国のほうが進んでる、ってのは認めるのかよ?」
「認めるも何も、行けもしない国がどうだろうと知ったことではない。そして、お前はいま、我が国で『お前ができることだけで』価値をはかられる立場だ。なんの関係がある」
ちなみに、とアルフォンシーヌが、笑う。
「私が年端もいかぬころ、隣町に
「……とんがり帽子やらかぶって花火でも売ってたのか?」
「いや。『誰も言葉を理解してやれない物乞い』として一年ほどしたら凍えて死んでいたそうだ」
「……」
……ああ。
「ああ……、なんてこったろ」
ほんとうに、なんてことだろう。
「一年もつたぁ、この国は、豊かだね」
こうして、俺は。
俺の立場を、ようやく理解したんだ。
納得したかはともかく。
理解、した。
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