第19話 智に働かずとも角が立つ
「……嫌だナ」
そう、パチ公は言った。
「――嫌ぁ?」
と、聞き返す俺の声は。自分でもたまげるくらいに、低く、冷たい。
「ア? なぁ、おい。パチ。オレの言葉ぁまだまだ付け焼刃なんだよ。なぁ、間違えてるかもしれねぇ。なぁ。パチ公。なぁ。知ってるか? って聞いてんだ」
ああ、そうだ。すんなりいくめぇとは思ってたさ。いったいどうして引き出したもんかと思ってた。
それが。
「嫌だ、なんだな? ――『知らねぇ』じゃぁ、ねぇンだな?」
「オウ。オレ、リョマにシンケンできっとこ教えンのは、ヤだ」
しれっと。
あっけらかんと。
本当に、言葉をとりちがえたんじゃねぇかってくらい、涼し気に。
「オレ、ヤだナ。広場でやりてェナ」
「……銭か?」
パチ公が、手元に積み上げる
「だぁろうなぁ。そういう
今、互いの金を山分けにしているのは、この商売の役割分担が明確だからだ。場をかえ、手をかえ、自分の役割がなくなれば、必然取り分が減るってもんだ。
それは予想していた。なんせこいつは商売上手で、利に聡くって鼻が利く。
上手い話から爪弾きにされるのを厭うのは、当たり前だ。
「なァ、パチ。俺だって鬼じゃあねぇよ、お前にもいくらか回してやらぁ。そりゃ今までみてぇに半々山分けってわけにゃあいかねぇがよ。今より儲けさせてやる。それを元手にして、お前もシノギの種にすりゃあいいだろうよ」
どんなシノギだってそうだ。いつまでもおんなじ種じゃあやっていけねぇもんだ。
「今じゃねぇとダメだ。このままズルズルやってっと種銭も無くならぁ。な? 急ぐんだ。いい子だからよ、教えてくれよ、パチ公」
手を擦ってやる。猫なで声も使う。愛想笑いさえしてやった。
それでも。
「嫌だナ」
頑として、折れない。
「別に、金は困ってねぇナ」
ザララ、音を立てて、巾着に銭をしまうパチ公。
ひっつめ髪の、着たきり雀の癖に、涼しい顔をして。
「儲けは減ってるけどナ……。元に戻るだけ。パーッっと儲かったのを『いつも』にしようとしちゃ駄目ナ。別にシンケン儲かんなくても、ショーギの問題があったらいつまでも稼げるナ」
「だけど金は減るぞ」
「元に、戻る、だけ」
聞き分けのないガキに言って聞かせるような口ぶりで、パチ公は繰り返す。食器の持ち方でも説明してるみてぇな、空が青い理由を聞かれてるみてぇな、なんでも知りたがる年頃のガキンチョに、当たり前のことをうんざりと説明する、そんな口調で。
「全部どうせ、元にもどるナ。なンでも一緒。明日になったらコロン変わるなンて無い無いナ。危ないコトしないほうがマシ。――オレは、リョマと広場でショーギやっててぇ」
「…………」
「リョマに教えたら、リョマもう広場にこねェナ。ショーギ強い強い。一日中帰ってこねェ。絶対。勝ってるうちは。広場に帰ってくるとき、スカンピンだナ」
「……だぁろぉ、な」
少なくとも、ハンパな勝ちで切り上げるってのは早々ねぇだろう。
帰ってくるのは、大勝ちしたときか、からっけつンなった時だ。
「リョマ、ショーギ強い強い」
そして。
「でもナ、負けるときもあるナ。広場の客とか、酒場の客に」
ついに、言いやがったんだ。
「負けるじゃンナ。リョマも」
「……ッの――」
***
俺は。
「だぁって聞いてりゃ」
俺は、この、知らない場所で。
「こッ、この、このクソ、クソジャリ、てめぇコノ」
わけもわからねぇで放り出されたこの国で。
「てめぇがッ」
お前が。居てくれたから、なんとか死なずに済んでいて。
「――言いやがったな。それを、言いやがッたなァ!? アァ!?」
だから。
「クソ、クソ、クソ、クソ、クソッタレ。クソッタレ、畜生。この、クソ、クソがぁっ――」
広場の商売はお前の商売で。
「――指せよ」
お前と、二人でやる商売だから。
「今、ここで、指せ」
俺は。
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