第18話 無理より道理が通すに易い
お袋が俺の『悪さ』に気づくまで大した時間はかからなかった。大して稼いでもいなかったが、渡した小遣いと俺の羽振りが釣り合わねぇのなんて、そりゃあ当たり前のようにすぐわかる。
「血だね」と、ひとこと呟いたお袋は、結局ああしろともこうしろとも言わなかった。
「言っとくけどね、一番いい男ってのは酒も博打もしない男だよ」
だけどね。竜馬、どうせやるんなら。
「酒でも、博打でも、弱いよりは強いほうがマシ」
それっきりだ。
お袋が、俺の道楽についていったのは、それっきりだった。
***
「おれァそろそろ『番勝負』をやる」
詰め所からおん出てきて三日後。
俺は、パチ公にそう宣言していた。
「バンショーブ?」
「連戦だ。三番とか、五番とか、最初に決めておく。指すごとに場に金を積む。一局ごとに清算してもいいし、番を獲ったやつの総取りでもいい。――俺ん国じゃあ、デカい勝負ならこっちのやり方のほうが通りがよかった。これからは、それをする」
馴染みの酒場で晩飯を食いながら、今日の稼ぎを勘定するパチ公が目を丸くする。
「でもナ、リョマ。じゃんじゃか稼げてンじゃんナ。リョマはショーギ強い強いけど、でも負けるときもあるじゃんナ」
「おお――」
……おお。そうだな。
「負けてやる時もあるわ」
「無理しなくていいじゃんナ。メシうまいし、カネ足りてるナ?」
「んでもな、稼ぎは減ってんだろが」
そう。
この三日、パチ公との『外回り』での稼ぎは、目に見えて減っていた。
理由は単純。
飽きられたからだ。
「――いつかくるたぁ思ってたが」
思ってたよりも早かった、ってのが、正直なところだ。
俺とパチ公のシノギのうち、稼ぎの大部分は『特別問題』からの俺との真剣で巻き上げたものだった。詰め所にしょっ引かれる前は、イケイケドンドンいい調子で、全く売りあげは右肩上がり。たまに落ち込みが出ても『今日は調子が悪かった』で片付けて問題のないそれだった。
が、だ。
この国じゃあ、真剣将棋自体は珍しくとも何ともねぇ。やろうと思えばどこでだってできる。つーか、どうせやるなら馴染みの店で馴染みの客とヤるほうがよっぽどおもしれえのが『娯楽としてのバクチ』ってもんだ。
でかい金をあっちこっちしたり、知らねぇ相手と腹の探り合いをしたりなんてのは、
そもそも「天下の往来でわけのわからん奴と将棋する」なんてのがあれだけウケたのは、『俺』っていう将棋差しの物珍しさが先にある。
その物珍しさは、あの詰め所にしょっ引かれてた一週間で、すっかり冷めちまったみてぇなんだなぁ、これが。
「はっきりと客の『ヒキ』がわりぃ。こっから下がり調子ンなるこたぁあっても、盛り返すってのはありえねぇ。確変は終わりだ。やり口をかえにゃあ」
「えー、まだイケんじゃんナ? あわてないあわてない。のんびりしてぇナ」
「お前仮にも博打で飯食ってんなら『まだいける』とか眠てぇこと言ってんじゃねぇよ」
潮目が変わったらケツまくる。
三日もありゃ、見極めにゃあ十分。
んで、これぁちっとビビりすぎなくらいで丁度いンだ。
「でもナ……。リョマのいいてぇのもわかるけどナァ」
「ンだよ」
「だってリョマは、ショーギ強い強いじゃんナ」
なにが気にくわねぇのか、パチ公は勘定を続けながら、口をとがらせる。
「リョマ強い強い。広場でショーギしてたら、一局で時間ずっと使うナ。皆遊びに来てる。何度も何度もやってる時間ないナ」
「せやな」
それは、間違いねぇ。
「俺ぁいっぺん、「参った」っつぅまで延々番重ねようってキチガイとやった事があるけどよ……。十五番勝負が終わるのに二日かかった。死ぬかと思ったわ」
「オレ二日も広場にいるのヤだナ。バンショーブ、ムリムリ。ヤメとこ、ナ?」
「だから、もう広場でやんのはやめだ」
「――エ?」
「広場で、やんのは、やめだ」
潮目が変わったらケツをまくる。
その時ぁ、思い切ってドカンと河岸をかえにゃあなンねぇ。
「パチ公、なぁ。お前、知ってんじゃねぇの?」
『娯楽のバクチ』じゃぁ稼げねぇ。
「あンだろ。もっとバカみてぇな将棋ができるとこがよ」
***
酒でも、博打でも。
弱いよりは、強いほうがマシ。
強くなくちゃいけねぇ。
――弱いまんまじゃァ、いけねぇンだ。
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