第17話 再会、異邦人

 詰め所を出るとパチ公が居た。


「リョマ!」


 大通りの向こう。詰め所の入り口がのぞける裏路地の口から、延々様子をうかがってたらしい。


 俺が出るなり、相変わらずのひっつめ髪にぼろじみた身なりで、顔だけぱっと輝かせて通りを渡って駆け寄ろうとして、踏みとどまる。


 ばつが悪ィんだろう。なんせ最後の別れは一週間前、俺が拉致られてるさなかの『スマンヤデ!』だ。ぶっちゃけこの場で引ったおしてサッカーボールキックくらいは許されると思う。


 俺の顔も、決して友好的とは言い難いだろうしよ。


 ……水に流せたかっていうと、嘘んなる。


「――パチ公ォ」


 それでも。


「天下の往来でぼさっとしてんじゃァねぇやな。行くぞオラ。日がひっさしぶりで目ぇチカチカすんだよ」


 とりあえず。歩み寄って、頭を小突いた。


***


「あの子を責めないでやってほしい」


 と、俺を送り出す前、アルフォンシーナは言った。


「――パチ公のことか?」

「ああ」


 責めるなって言われてもな。


「あれはあれで、不憫な子なんだ」


 俺の不満げな様子にのしかかるように、アルフォンシーナが続けていく。


「私が言うのもなんだが……。身の振り方を他に知らないんだ。むしろ一か月も私に隠していたことのほうが不思議なくらいでな。当初の手段が乱暴だったのも、ひょっとすると、あの子が弱みでも握られているんじゃないか、と思ったからだ」

「さぁっきからよォ、あの子あの子ってえらく親しげじゃあねぇか。『犬』に情が移る類の飼い主かィ、エぇ?」

「そうでもないさ。ただ――。所縁があってな」


 詳しくは語らなかったが、正直興味もねぇ。勝手にやればいい。


「例の『三十七手』、あれを解く人間が出たら、私のところに連れてくるように命じていた。結局、事の発端は私だ。あの子は命令に従ったまで。……そのあたり、どうか考慮してもらえると嬉しい。」

「…………」

「それとも、これもまた『さもなくば』、かな?」

「チッ――」


 ぼりぼりと頭を掻きむしる。一週間メシと寝床にゃ困らなかったが、風呂ばっかりはどうしょうもなかった。そもそも、この国に来てから一度も湯船って奴を見たことがねぇんだが――。


 体中が気持ち悪くって、考えもまとまらねぇ。


 考えがまとまんなくて、頭ン中が、気持ち悪りぃ。


「……結局、俺に何をさせたいのかも喋らねぇまんまだしよ。わけがわかんねぇぜ、お前ら」


 あれも、これも、わからねぇまんま。ここが何時の何処で、何が起きてここにいるのかも。アルフォンシーナの考え。パチ公との関係。『三十七手』にやたらこだわる理由。ハゲ二人の本名。は、どうでもええわ。


「……けぇるわァ」

「どうか、くれぐれも」

「わぁーったよ、わぁったからよ。もう帰らしてくれ」


 なんか、なんだ。こいつの変な押しの強さは苦手だ。クソが。将棋弱ぇくせに。

 

「恩に着る」

「貸しが三つだ。俺を拉致った。将棋の負け。パチを責めない」

「いつでも取り立てにくるといい」

「言われなくても」


 メシのあてくらいにはなるかも、だな。


***


「収穫は、べしゃれるようんなった俺、矢倉がこん国にもある事、不良ポリ公とのワタリ、、、、つえぇつえぇって言われってる連中ンへぼ具合……」

「リョマ、リョマ」


 パチ公を連れての道すがら指折り、この一週間で分かったことを数えていた俺の裾を、きったねぇ手が引く。


「リョマ、すげぇナ。喋れてんじゃんナ。ペラペラ」

「……おかげさんでな」

「『ヤリマンナ!』『カーナィマヘンワ!』 ――にひ、リョマ、ジュウニンチョ勝ったかナ?」

「あったりめぇよ。敵じゃねぇや」

「はぁー、『ヤリマンナァ』……。リョマは強いからナ。ショーギ強い強いナ」

「……」


 追加で一つ。ハゲリンガルマンツーマンレッスンの時からうっすらわかってたが。


 ひょっとしなくても、パチ公。


 この国の人間じゃ、ねぇな?

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