第16話 閨より深い場所
「将棋指すとよ、腹の底が見えんねや」
ぷかぁ、と、煙を吐いて、俺は続けた。――実はむせそうになってる。キセルってのはえらく煙が
「腹の底が、見える……」
「せや。よぉく、わかる」
居飛車振り飛車の選択から始まって、相振りにするか居直るか。
角換わりなら棒銀腰かけ銀早繰り銀。囲いに受けに捌きの手癖。
それどころか、手の速さに駒の打ち方、座り方から目つきまで。
「将棋には、人が出る」
逆を返せば。
「
「おお、わかる。リョマくんさん様のショーギはえげつない」
「リョマくんさん様の魂が捩れて切れた人間性がよく出てる」
「もっぺん捻じ切ってやっか?」
「「ヒェッ……!」」
俺が話に茶々入れられんの嫌いなのそろそろ察せや。なんでこいつらこれだけクソミソに嬲られてまだわからんのや。
「二人とも、教えを乞うているのだ。いらない口をはさむんじゃない」
わきまえろ、と言い捨てて、アルフォンシーナは、身を乗り出し、続ける。
「ショーギに人が出る、という話、よくわかる。――そもそも、我が国ではだからこそ尊ばれているという側面もあるのだ」
「ふん?」
「我が国の版図は広く、街ゆけばかつて異邦と呼ばれた土地の
しかし。
「ショーギは平等で、公平だ。同じ数の駒を、必ず交互に動かす。挨拶や言葉が違っても、
「おう。せやな」
極言すれば。
先手後手の有利不利さえ、いまだ未解明なのだ。この将棋、というゲームは。
平等で、公平で、対等であり。まっさらにイーブンだからこそ、駒の動かし方一つに、自分の
「良い国だぁよ。ほんと。この国の連中が将棋好きじゃなきゃ今頃の俺は路地裏で犬の寝床だわ」
だが。
「それが、いけないんやなぁ」
「…………」
「だってよ。正直すぎるんやもんよ。お前ら」
そう。
この国の連中は――特に、目の前のオマワリサン達は――びっくりするほど、素直で、正直で、わかりやすく、将棋を指す。
「このあたりから」
と、俺は、一手ずつ盤面を戻していく。
十手。
二十手。
――五十八手。
アルフォンシーナが飛車先を突いてから、十手先。
攻めに、俺が違和感を感じたあたり。
「俺はお前さんの手癖が分かっちまった」
より正確には、『手癖で打っているのが』分かってしまった。
「後ぁ簡単だわ。お前さん玉の頭よりに攻めたがるから1、2、3筋ばっかりだ。俺ぁ自分の矢倉の頭開いて逃げればいい。入玉した後は、今度はお前さん大駒守るのにこだわっから、両取りにおわせて突き回せばいい――」
人読み、というやつだ。
盤上の最善手を予測するのではなく、相手の傾向や心理を手掛かりに読みを入れる。
盤上真理、ってのを求めるんなら、あまり褒められた差し回しではない。
しかし。
「これぁ『真剣』なんだ」
真理を解き明かすための哲学でもなければ。
和気あいあいわかり合うための対話でもない。
「勝ち負けをあっちこっちするってときに、声がでけぇんだな。お前らは」
「…………」
これはもう、戦術とか研究とか定跡とか、そんなもん以前の問題で。平等で公平なゲームをやるうえで、次の手が読まれるって不利は、ちょっとやそっとじゃ何ともならねぇ。
心構え。
気持ちの準備の、問題だ。
「特に女はなぁ。寝るより指したほうがよぉくわかるぜ」
「寝っ……!」
「これぁ経験則だけどよ。ねぐらん中より盤の前のほうが大抵よっぽど声がでかくてな? そうなると今度はシーツん上のあれぁ何だったんだって話になるやん? 男としては切実な問題でよぉ。実際、指せば指すだけ女性不信なっちまうよ。女性不信といやぁ俺にゃあ幼馴染がいて、こいつの妹とも兄妹みてぇに育ったわけなんだが」
「いかん! リョマくんさん様のいつもの脱線だ! これは幼馴染のリンちゃんが悪い男に騙される話!」
「十人長! お下がりを! このあととても聞くに堪えない展開になります! クソッ! ケンジめ! 貴様のようなチャラチャラした男が女を不幸にする!」
「えっ、なにそれ気になる」
おっ、本当? 気になっちゃう? じゃあべしゃっちゃおっかな? 聞くも涙語るも涙よ。クソが。ケンジの野郎。あいつ生き返らねぇかな。何回殺しても飽き足りねぇ。よぅし、お勉強はこの辺にして聞かせてやろうじゃなぇの。
実際よ。つまんねぇしな。
こんなあったりまえこと説教してもよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます