第13話 Ms.HandAxe
アルフォンシーナの差し筋は、それはそれは綺麗なもんだった。
少なくとも相矢倉に組みあがるまでは、そのまんま『初めてでも組める! 矢倉の定石解説』みてぇな教本にできそうなくらいに綺麗で、お行儀のいい、正道のど真ん中を往く将棋だった。それもきっちり迷いなく、この盤面は今まで何千回と指したってぇ確信に満ちた手つきで。
序盤の定石とそっからの変化をしっかり覚えてるのがよくわかる。俺の織り交ぜた意地の悪りぃ手もきっちり見切って躱してみせた。お返しとばかりに軽く仕掛けを混ぜてくる余裕まで見せた。
将棋を覚えたてン頃の俺に見せてやりてぇぐらいの、真っすぐで外連のない将棋。
砥ぎたての日本刀みてぇな、隙の無い
だから、日本の将棋指しがもしこの局の棋譜を見たならさぞかし首をかしげるやろうなぁ。
俺は、かしげたね。指しながら。
***
将棋を指してると
自分の差したい手筋と実際の盤面が重なり合い始め、手が伸び、早まり、それに比して頭がキンキンと冷えてくる。こういう時は見ていてわかる。目玉の奥が墓石みてぇにシンとする。
序盤を踊り終えたアルフォンシーナは、一見するとその
将棋は序盤、中盤、終盤と局面が分かれる。序盤の駒組みを丁寧に終え、飛車先の歩を突き上げたアルフォシーナの手は、まるで秒読み将棋かというような早指しを見せていた。
――「激しくいこう」――
その言葉の通り、踊りの拍子は加速を続けていた。
――バチン!
――バチン!
――バチン!
指し始めこそ穏やかだった駒音も、今や部屋中に響くまでに音高い。
序盤以上に迷いのない中盤。ひるむことなく打ち込みつつける激しい攻め筋。微動だにしない姿勢、目線、表情筋。
盤駒をもってきて以来、息をのんで隣で見ていたザコハゲとクソタコも、いまや目を輝かせている。イケイケドンドンに盛り上がる上司を見て、ようやくホッと一安心ってところなんだろうな。
――せやからテメェらザコなんや。
「なァニが舞踏会や」
速度を増していく盤面に負けじと合わせて、打ち込み合う。
狭い。
「金網デスマッチやんけ――」
盤面が狭い。
どこに指しても殴り合い。手を伸ばしたならどこかに当たる。
「チッ……!」
「――
アルフォンシーナの攻め駒を、俺はそのまま王将で取った。
顔面受け。
相手の攻め駒に対して前進する、攻めの防御。
「関西人ぁよ、面の皮の分厚さが自慢だわ」
狭い。盤面が狭い。
「通らん通らん!」
気にくわねぇ。
「なぁ、おい……」
クソザコがタコハゲに問いかける。
「十人長は勝ってるのか? 押してるのは十人長だろう?」
「……わからん。まったくわからん……」
腕を組んだタコハゲが、絞り出すように漏らす。
「十人長が攻めてらっしゃる。切れることなく攻め続けてらっしゃるが……。リョマくんさん様の受けが――これは、受け、なのか?」
戸惑う声を尻目に、盤面は進んでいく。
「――フッ、フッ、フッ……」
一手打つごとに口からこぼれる呼吸音は、駒音に紛れて俺にしか聞こえちゃあいないんだろう。
「フッ、フッ、スッ、スンッ――フッ……ンッ――」
「……」
打ち込む手筋の一つ一つは苛烈な負けん気の塊みてぇな、カンカンに真っ赤な攻め筋だ。だってのに、序盤と比べて何一つ磨かれちゃいねぇ。
「スンッ……スンッ……」
わかっちゃいねぇ。何一つわかっちゃいねぇ。
今のアルフォンシーナは冴えて見える。一見すると冴えて見える。
冴えて見えるが、見せかけだけだ。
「――石斧かよ」
むしろそれより酷いかもしれねぇ。握った石ころで殴りかかってるようなもんだ。
タコハゲの困惑ももっともだ。俺は別段、受けちゃあ、いねぇ。
一手いなすたび、へろへろと狙いがそれている。
アルフォンシーナは何一つ冴えてなんていない。
その証拠に、瞳の奥は、差し始めの頃のマグマののたうつ温度そのままだった。
「ンッ……!」
「――おう」
バチン!
そうだ。その踏み込みも悪くない。
悪くないが、踏み込みだけだ。
勢いよく飛び込んで、手を振り回す以上のことを、しようとしない。
――わからねぇな。
何がしてぇのか、さっぱりわからねぇ。
「なにをよぉ……」
何をそんなに、怒ってんだろうな、この女は。
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