第12話 そは絢爛にして質実


「「――よろしくお願いします」」


 将棋の始まりはいつだって礼からだ。


 気の違えたような遣り取りから一転、互いに頭を下げ合い、礼を交わした俺とアルフォンシーナを見て、将棋盤をもってこさせられたクソザコとタコハゲは得体のしれないモノを見る眼でおののいていた。


 わからなくもない。


 頭は上げても目線は切らず、ドロッドロのマグマみてぇなそれが絡み合って、俺たちのはさんだ盤の上だけ空気が歪んで見えるようだった。


「十人長……。やっぱりお考え直しになってください」

「こんなロクデナシと指すなんてとんでもないです。こんな。悪魔の子供みたいな奴と」

「黙れ」

 

 と、二人を遮ったのはアルフォンシーナだ。


「礼を交わしたらもう始まっているんだ。そういうものだ」


 ピシャリと言い切って、7六歩と進める。


「――こっちでも、将棋ってのはそういう、、、、もんなんだな」


 おもわずこぼしながら、俺は、3四歩。


 アルフォンシーナの開けた角道に応えて、こちらも道を開く。


「まずはトゥレ‐トゥレ  3 三  ソルダティを進めてトゥラルタルガの道を開く……、で、あってるか? こっちの言葉だとよ。ほんと、そのまんまだわ。びっくりだね」

「お前の国ではどうか知らんが」


 6六歩。角道をふさがれる。


「お前の国のショーギが、我が国のそれと同じく紳士の嗜みであるのなら、お前はとても似つかわしくなく思える。」

「――お前もたいがいやん? なんやねん、あのゲラ、、ぁよ。頭パァなんとちゃうか」


 3二銀。


 即座に、2六歩。


 3三銀。


 2五歩。


 本当に、この国のこれ、、は将棋にそっくりだ。


 序盤の進め方までそのまんまだ。


「……クァトロ‐クァトロ  4 四  ソルダティ。だっけか?」


 もちろん、そっくりそのまま本将棋ってわけじゃねぇ。


 マスの読み方もこの国の数字を使う。


 駒の名前もまるで違う。


 道具も違う――。この国のこれ、、は派手だ。


 今指してる盤も、見たことねぇしっとりなまっちろい木肌の知らねぇ材に、銀粉でも混ぜてるのか、チラチラと光を散らした真っ赤な塗料で線が引かれてる。


 駒にも漢字は彫られてねぇ――あたりまえか。


 やったらと細かい造形で、王冠や、剣や盾の意匠が刻まれてる。


 共通してるのは駒が五角形してるってところか……。にしても、将棋のそれより正五角形に近い。


 違う。明らかに、違う文化の中の物だ。


ソルダティ歩兵ランシャ香車レィーニョ桂馬スクゥド銀将……」


 互いに駒を進める中、一手毎に、駒の名前を読み上げる。


スパァダ金将トゥラルタルガ角行シェルバトゥリヨ飛車――レトロペーア王将


 なのに。


 ルールと、価値観は同じ。


ショーギ将棋――。まぁ、お前さんの言うとおりだ」


 なにより、名前が同じ、、、、、、たぁ、どういうことだろうな?


「うちの国でも、俺はあんまし行儀のイイ将棋指しじゃあなかったよ」

「……だが、筋のイイ将棋指しではあったようだな」


 出現した盤面を見て、アルフォンシーナが嘆息する。


「互いに正道を往けば、『スィラ‐デ‐マスケラ仮面舞踏会』に組みあがる。我が国のショーギの王道だ」

「こっちの国じゃあ、雅な名前で呼ぶもんだぁね」

「相手が貴様だというのが実に不満だ」

「その言い分だとな、こちとらあのガチムチハゲコンビと一週間延々踊らされてんだぞ」


 局面が出るたんびに「マスケラ!」「スィラ‐デ‐マスケラ!」とか騒ぐもんだから意味を聞いたらひどくげんなりさせられた。


 組みあがるとうまくなった気がしてうれしいらしい。よかったな。


「うちの国やとちょっと違ってな」


 通称、将棋の純文学。


 正統中の正統。


「『相矢倉』って言うんよ――」


***


 相矢倉。


『矢倉囲い』という囲いを、お互いに組み上げた状態のことだ。


 歴史の古さは折り紙付きで――『矢倉囲い』が出る最古の棋譜は1618年ってんだから、とんでもねぇ。


 自陣の王を固めた囲いは、それそのものが攻撃準備でもあり。陣の反対には飛車が丸々手下ぁ連れてにらみを利かせてる。防御と攻撃のバランスが取れてる上に、派生できる戦形も多い。


 なにより、形が美しい。


 囲い自体の変形系も千変万化。百花繚乱。目もくらむような金銀の物見櫓――。


 プロ棋士同士の対局っつったら、この『相矢倉』になるのはまぁ当たり前って時代も、長いことあったくらいだ。


「だけどもまぁ」


『仮面舞踏会』ってのも悪くねぇ表現だ。


 互いに意図を隠しつつ、互いの顔を伺いつつ。


 気が付けば手に手を取って、くるりと回って、きれいな形に収まってやがる。


「お互い、足を踏まずによく踊れたもんで……」


 そう。


 自陣の守りを固めつつ、牽制し、時に誘い、相手の悪手を誘導しながら、そして互いにかわしながらでなくては、この戦形は生まれない。


 この局面が舞踏会なら、一歩ごとに相手の足を踏み抜こうと企むようなステップの応酬があって、ここに至る。


「全くだ。些か、曲が単調すぎたのかもしれない」


 そう言って。


「激しくいこう」


 アルフォンシーナは、飛車先の歩を、突いた。


 


 

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